溺愛社長とお菓子のような甘い恋を
どんよりした気持ちでため息をつきながら会場に戻ると、ちょうどウェイターがお酒を配っていた。
気を紛らわすために、一つもらってクイッと飲む。
考えても仕方ないのは分かっている。今は美味しいもの飲んで食べて、時が過ぎるのに耐えよう!
少しでも気持ちを切り替えようと、飲み食いに専念していると、いつの間にか社長が隣にきていた。
「飲みすぎじゃないのか?」
「そんなことないです」
そんなに飲んだつもりはない。そもそも、ここのワインが美味しすぎるのだ。
「やっばり高級ホテルはランクが違いますね。こんなに美味しいワインなんてそう飲めたものではないから進んじゃって」
フフッと笑うと、グラスを取り上げられる。
「あっ、返して」
「だめだ。そんな赤い顔してこれ以上飲ませられるか。もうすぐお開きになるから座って待っていろ」
近くの椅子に座らされて水を渡される。
ちぇっ、ケチ。少しくらいいいじゃない。そもそも、誰のせいだと思っているのよ。
立ち去る背中に心の中で悪態をついた。
「あれ、大丈夫? 酔った?」
頬を膨らませていると、ニコニコした男性が私に気が付いた。
若い……。真理さんの友人かな?
笑顔で隣の席に座ってくる。
「ご飯食べた? お酒はもっと飲む?」
馴れ馴れしい感じで話しかけてきて、少し不快に感じた。
「いえ、もう結構です」
「そう言わず、飲もうよ。あ、それとも二人で抜け出して飲みに行っちゃう?」
なんか、ノリが若い。
さすがにもうこのノリにはついていけないなと思い、「連れがいるので」と立ち上がった。
しかし、男性は「まぁまぁ」と笑いながら行く手を遮る。
何この人。
眉をひそめると、それすらも「あ、怒った? 怒った顔も可愛いね」などと言ってくる。
「ずっと可愛いなって見てたんだよ。少し話をするだけならいいじゃん?」
「よくねーな」
低い声がして、ハッと振り返る。
神野社長が男性を睨みつけながら立っていた。社長は背が高いので、自然と男性を見下ろす感じになる。
社長から出てくるオーラは威圧感たっぷり。男性に対して、冷たい目を向けている。
なんだか、スーツの胸元には拳銃でも入っていそうな雰囲気満載だ。
服装も相まって、私だけでなく男性も言葉を詰まらせた。
「えっと……、海斗さん……?」
「勝手に連れて行こうとするのはやめてもらってもいいか? こいつ、俺のだから」
「あ……、はい! すみません!」
男性は顔を引きつらせてすごすごと引き下がっていった。
なんだか少し同情してしまう。格が違うとはこのことか。
そもそも……。
「どうして……」
‘俺のだから’だなんて、シレっと言えちゃうのだろう。
演技だから?
「ちょっと目を離すとすぐこれだ。隙が多いんだよ、隙が!」
神野社長はため息をつきながら私を叱る。
「すみません。ちゃんと任務遂行いたします」
「そういうことじゃぁ……」
社長が眉をひそめて言いかけたとき、「神野」と声をかけられた。
立木さんが歩いてくる。周りを見ると、いつの間にかパーティーもお開きになったようでみんな帰り始めていた。
慌てて立ち上がり、背筋を伸ばして社長の隣に立つ。
「今日はありがとうな。まさかマジで来てくれるとは思わなかったから結構嬉しかった」
「お前が来いって言ったんだろ。改めて婚約おめでとう」
「サンキュ。あ、彼女さんも気を付けて帰ってね」
立木さんが私を見たので、微笑みながら一礼する。
「はい、ありがとうございます。本日はおめでとうございました」
「ありがと。じゃぁな」
私たちが会場を出るのを、立木さんは笑顔で見送ってくれた。
「いい人ですね」
「悪い奴じゃないけどな。今日俺にパートナー連れて来いって言ったのも、女連れじゃなかったら、会場の女と自分の婚約者が俺に注目するかもしれないだろ。誰が主役かわからなくなるからだ。そういった余計な計算が思いつくタイプなんだよ」
「……要は実はあまり仲良くないと?」
「悪友って言ったろ。表面的には問題はないさ」
そういうものなのか? まぁ、社長はルックスにも恵まれているから、嫉妬とかもあるんだろうな。
男同士の嫉妬や複雑な感情を垣間見た気がする。
ホテルの出口に向かってロビーを歩いていると、足元が少しふらついた。
お酒を飲んだのと高いヒールを履いていたからバランスが少し崩れたようだ。
「おっと。大丈夫か」
「あ、すみません」
軽くふらついただけなのに、社長はサッと私の腕を掴んで支えてくれた。
そして、そのままスルっと手を繋いでくる。
ん? 手を繋がれた?
「こうしていれば転ぶ心配もないだろう」
「っ……、す、すみません」
小さな声で呟くしかできなかった。
社長の温かくて大きなごつごつした男らしい手に、ドキドキと心臓がうるさい。
いやいや、待て待て! まだ周りには社長の知り合いがいるから! まだ、恋人のふりをしなければならないからであって! これは特に意味がないと言うか……!
そうよ、最後まで気が抜けないから演技しているだけ!
ものすごく動揺していたが、何度もこれは恋人のふりの一環だと自分に言い聞かせることで落ち着こうとした。