溺愛社長とお菓子のような甘い恋を

ホテルからタクシーに乗ってすぐ昼間の別荘に着いた。
促されるまま中に入ると、流石というべきか……。
部屋の中はとても広く綺麗で、リビングもどの部屋も家具が一級品のものが揃っている。
すぐにでも使える使用になっていた。
思わず感嘆の声が漏れる。

「凄い綺麗ですね。別荘にしておくのはもったいないくらい」
「毎月管理してもらっているからな。こっちこい案内するから。こっちはトイレと洗面所、風呂場はここだからな、好きに使え」

水回りだけでワンルーム位ありそう……。

「風呂入るか？」
「いえいえ、お先にどうぞ」

さすがに上司より先に入るのは気が引ける。
私が何度も遠慮していると、社長も勧めるのを諦めたようだ。

「そうか？　じゃぁお先」

社長がお風呂場の方へ消えると、ハァと息を吐いてリビングのソファーに座った。
ふかふかのソファーは座り心地がいい。

「凄いな。本当にこんな生活が出来ちゃう人なんだ」

改めて感心しちゃう。
社長が入っている間、リビングのソファーでお茶を飲みながらテレビを見ていた。
見ていたというよりは、ぼーっとしていたに近いけど。

「なんか疲れた……」

美味しいもの食べて、パーティーは楽しかったけど感情が疲れた。
ドキドキしたり、ちょっと傷ついたり……。なんだか忙しかったな。

クッションにもたれかかると、自然と目が重くなる。

少しだけウトウトしよう。社長が出てきたらきっと目が覚めるから……、それまで……。

そう思っていたところで、意識は途絶えた。

――――

「ん……」

カーテンから薄っすらと差し込む光が眩しくて目が覚める。

明るい……？　朝……？

目を開けると、広いベッドに横になっていた。
どう見てもここは自室ではない。

あぁ、そうだ。私、今、社長と軽井沢に来ていて……。パーティーで疲れて、少しウトウトとして……。
あれ？　私あのあとどうしたっけ？

「ん？」

体を起こしてふと後ろを見ると、そこにはすやすやと気持ちよさそうに眠る社長がいた。

つまり、同じベッドで寝ていたのだ。

「きゃぁぁぁ！」
「うわぁ！」

私の悲鳴に社長が驚いて飛び上がる。

「どうした！？」
「どうしたじゃないです！　な、何しているんですか！」

私の叫びに社長はキョトンとしていたが、起き上がると「うーん」と大きく伸びをした。

「昨日、風呂から出たらお前がソファーで寝ていたんだよ。気持ちよさそうにしていたし、起こすのも悪いと思ってこのベッドに運んだんだ」

なるほど。
理屈はよくわかった。親切心で運んでくれたってことは。

「じゃぁどうして同じベッドで寝ているんですか！？」

そう聞くと、首をかしげて「なんでだっけ……」と呟いた。

なんでだっけじゃなーい！！

「あぁ、そうだ。お前をベッドに寝かせて、横に座ってスマホをいじっていたら……、寝ていたみたいだ」
「はぁ！？」

唖然としている私に、社長は目を擦ってのんきな様子だ。

「服は着ているだろ、別にやましいことなんかしていない」
「いや、そうですけど……」
「あ、なに？　して欲しかった？」
「なっ……！？」

ニッと笑う社長の言葉に赤くなりながら近くにあったクッションを投げる。

「セクハラです！」
「冗談だろう。ムキになるなよ」

ニヤニヤする社長に、もう！　と怒りながらベッドから降りた。
シャワーも浴びていなかった。今から入って頭をスッキリさせてこよう。
社長にシャワーを使いたいと断りを入れるとニヤッと笑われる。

「一緒に入る？」
「！　冗談が過ぎます！　もう恋人のふりは終わったでしょう！」
「……まぁな」

社長はベッドにゴロンと横になってスマホをいじりだした。

朝からからかいが過ぎる。きっと半分寝ぼけているからあんなこと言えるんだ。

というか、こういうシチュエーションに慣れている感じがした。なんだかそのことにもムカムカする。

焦ったのは私だけかい！

私は気持ちを落ち着かせるために、しっかりとシャワーを浴びて目を覚ました。

支度を済ませると、朝食は近くのカフェへ行って簡単に済ませた。
コーヒーを飲む海斗さんをチラッと見る。

うぅ。少し気まずい……。

しかし私の思いをよそに、社長は平然とした様子。

「せっかく来たんだし、どこか観光してから帰るか」

突然の社長の呟きにパッと顔を上げた。

「いいんですか？」
「あぁ。どこにも寄らないのも勿体ないだろう」
「はい！」

やった、嬉しい。
軽井沢って初めてだから、実は少し観光したかったんだよね。
ウキウキしながらスマホで周辺について調べる。

「現金なやつ」

苦笑紛れに呟かれ、「何ですか？」と聞き返すと「いいや〜？」と誤魔化された。

「あ、見て！　海斗さん、チョコレートファクトリーなんてものもありますよ。あっ……」

しまった。恋人のふりは終わったのに、つい名前で呼んでしまった。

「すみません」
「いいよ、好きなように呼べ」

社長は頬杖を突きながら可笑しそうに微笑む。

その日は「社長」と「海斗さん」が入り混じって呼んでしまっていた。

社長は気にした様子もなく、私が行きたいところを優先に一緒にお土産屋通りや滝、ショッピングやチョコレートファクトリーなどたくさんのところを見て回る。
（チョコレートファクトリーは社長が絶対行くと断言していた（笑））
帰るころには辺りはすっかり暗くなっていた。

「チョコ買いすぎじゃないですか？」
「毎日少しずつ食べればちょうどいいだろう」

そういいつつも、他にスィーツを買っていたこと知っているんだけどね。

「そうだ、これ」

社長が運転しながら後ろから器用に紙袋取り出して手渡してくれる。

「何ですか？　これ」
「今回のお礼」
「お礼？」

ガサゴソと包みを開けると、中から薄い水色のグラデーションが綺麗なグラスが入っていた。

「わぁ、綺麗……。こんなに素敵なもの、いただいていいんですか？」
「あぁ。大したものじゃないけど。こっちにいる知り合いの職人に作ってもらったんだ」

わざわざ注文して作ってもらったの？

繊細な色と光が合わさって見ほれてしまう。

「嬉しいです。私、ガラス細工って好きなんですよ」
「そりゃ、良かった。今回は本当に助かったよ。ありがとう」
「こちらこそ、観光までさせてもらってありがとうございました」

よくよく考えれば、社長は軽井沢に別荘を持っているのだから何度も行ったことあるはずだ。
今さら観光なんて楽しくなかったかもしれない。

それなのにこうして付き合ってくれたのだから、私もなにかお礼買えばよかったな。

「秋には有名シェフとのコラボ食品のイベントも控えているから、休み明けから少し忙しくなるな」
「確か、ホテルの会場でマスコミ入れての発表会があるんですよね。それ関係の決裁書が回ってきていましたよ。目を通して確認してほしいって」
「今頃、決裁書の確認？　遅いな、どこの部署だ」

仕事の話になると急に厳しい社長の顔になる。
急ぎではない、手直し程度の確認の決裁書であると伝えると「そうか」とホッとした様子だ。

「残りの休みは何して過ごされるんですか？」
「あぁ～……、なんだかんだ仕事しているだろうな」
「だと思いました。でもちゃんと体は休めてくださいね」

そんな話をしていると、見覚えのある景色になってきた。
社長は私の住むマンションの前で車を止める。

「わざわざ送っていただき、ありがとうございました」
「あのさ……」

車から降りようとすると、社長が声をかけてきた。

「はい」
「いや、あの……」

どこか少し言いにくそうではある。

どうしたんだろ？　歯切れが悪い社長も珍しい。

「昨日さ、パーティー会場でお前に初めて名前で呼ばれたとき……」
「はい」
「少し、ドキッとした」
「え……」

社長を振り返ると、ジッと私を見つめていた。

「いつもはただのカモフラージュだから分からなかったが……、悪くなかった、恋人関係」
「……海斗さん」

思いがけない言葉に目を丸くしていると、社長がゆっくりと体を寄せてきた。

あ、と思ったのは一瞬で……。

社長はほんの一瞬、唇に触れるだけの軽いキスをした。

「お疲れ。またな、大園」
「はい……」

車から降りて、マンションのエントランスに入る。後ろは振り向かなかった。
部屋に入って、玄関扉を背に座り込む。
そっと唇を触った。

今、私何した？　社長とキスした…？

自分の頬を触ると凄く熱い。鏡を見なくても真っ赤だってわかっている。
それと同時に、とてつもなく胸が痛かった。

「どうして……」

名前を呼ばれてドキッとしたとか、恋人関係は悪くないとか、キスとかしておきながら……。

「最後に突き放すのね……」

社長は最後に、‘花澄’ではなく‘大園’を強調して言った。
それはまるで、恋人関係はこれで終わり、上司と部下に戻るぞとでも言うようだった。

「それならキスなんてしないでよ……」

この苦しい胸はどうしたらいいの。
大園と呼ばれたことが、こんなにも切なくて悲しい。