溺愛社長とお菓子のような甘い恋を
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目が覚めたのは、翌朝。
熱っぽい感じがして体温を測ると37.5℃あった。軽い頭痛もある。
「微熱……」
会社に行けないことはない。でも、行く気になれなかった。
海斗さんとどんな顔をして会えばいいかわからない。
有給もあるし、今日は休んでしまおう。
海斗さんにその旨をメールすると、すぐに返事が返ってきた。
『大丈夫か? こっちはいいからゆっくり休め』
短文だけど、海斗さんの気遣いが感じられる。
『薬を飲めば大丈夫です。スケジュールや今日の資料はファイリングされて私のデスクに置いてあります。よろしくお願いします』
『了解』
返信を見ると、ため息をつきながら体を起こした。
熱を出すなんて久しぶりだ。風邪かな? 疲れかな?
昨日の話に堪えたのかな……。
昨日の事を思い出して、また暗い気持ちになる。
海斗さんと話すべきか。でも、なんだか言いにくい。
もし、愛人の話は名案だ、愛人でもいいから別れたくないなんて言われたらどうしよう。
そんな事を言う人だとは思っていないけど……。
私はきっと、海斗さんとこのお見合いについて話し合うのが怖いんだ。
自然と重いため息が出てくる。頭痛が増した気がした。
あぁ、今はとりあえず薬を飲んでおこう。それからゆっくり考えよう。
私は棚から痛み止めを出そうとして、ハッと手が止まった。
「あれ……?」
痛み止めがない……。
いつも常備していた痛み止めが空だった。
そういえば先月、生理の時に痛み止めを飲んだ。それが最後の錠剤で、また次に生理が来た時に買おうと思っていたんだ。
その次である今月……。
ん……?
違和感を感じた私は指折り数えてみる。
あれ、ちょっと待って……。
心臓がドキンと飛び跳ねた。
「今月、生理……、来たっけ……?」
空の薬箱を持つ手が震える。
いろんなことがありすぎて、すっかり忘れていたが、先月の生理から数えると、二週間前には来ていてもおかしくはない。
でも今月来た記憶がなかった。
「嘘……」
いやいや、待って! ただ遅れているだけかもしれないじゃない!?
ストレスで生理は遅れることがある。今回だって……。
そう思いなおすが、顔は青ざめたままだ。
というのも、私の生理はきちんと周期的に来るタイプ。遅れてくることなんてほとんどない。
それに、二週間ってさすがに遅れすぎじゃない……?
「まさか……」
ひとつの可能性に、そっとお腹に手を当てた。
平べったくて何も感じないけど、もしかすると……。
「私、妊娠……している……?」
記憶をたどると、確かに避妊せずにしたことがあった。
正直、あの時は行為に夢中になって、避妊とかそういったことが頭から抜けていた。
それに心のどこかで、いつか結婚するんだし位に思っていたから意識も薄かった気がする。
計画性も何もなく、考えもしなかった……。今思えば浅はかだ。
「そんな……、どうしよう……」
いや、でも確定したわけではない。
もしかしたら間違いで、ただ遅れているだけかもしれないんだから。
病院に行こう。
考えたくはないけど、もしかしたら違う病気の可能性だってあるかもしれないし……。
私は過去に一度、生理痛の相談で行った産婦人科の診察券を取り出した。
「ここならすぐに診てくれるはず……」
午後一番で予約を取った。
「大丈夫……。きっと間違いよ」
自分に言い聞かせるが、震えは止まらない。
本当は怖い。
どうしよう、もし妊娠していたら……。
お昼ご飯も喉を通らず、予約時間となった。
問診をして、内診をして検査をする。
そうして先生に言われた言葉は……。
「胎嚢が見えますね。おめでとうございます、赤ちゃんがいますよ」
あぁ……、やっぱり……。
「そうですか……」
また二週間後に来るよう言われ、家路についた。
赤ちゃんがお腹にいる。
間違いなんかではなかったんだ……。これからどうしよう……。
お腹に手を当てても実感なんて全くない。
いつもと変わらないし、これからつわりが来ると言われてもピンとこない。
「海斗さんとの赤ちゃんか……」
少し前ならきっと大喜びしていたかもしれない。
でも今は手放しでは喜べないでいた。
『子供は作らないで』
真理愛さんの言葉を思い出す。
すでに出来てしまった場合は、どうしたらいいのでしょう?
きっと、堕胎しろと言われるんだろうな。
……あぁ、それだけはすごく嫌だ。それだけは絶対に避けたい。
「どうしようも何も……、君は産むこと、決定していたね」
堕ろすなんて、想像しただけで辛くて悲しかった。
まさかと思った時からすでに、私は心のどこかで思っていたんだ。
産みたいって。
「嬉しかったんだ」
海斗さんの子供が出来て、不安を感じながらも心の奥では嬉しかった。
だから堕胎するという選択肢はない。
そうなると、どうする?
海斗さんともいられない、愛人にもなれない(なるつもりもないけど)、結婚もできない。
だったら……。
「ひとりで育てていくしかないのかな……」
この子を守るためなら……。
大好きな海斗さんとの子供を守るためなら。
もう気持ちはほとんど決まっていた。