溺愛社長とお菓子のような甘い恋を
2.やっと決まった就職先
私はスーツを着てそびえ立つビルの下に立ち、見上げながら大きなため息をついた。
とうとう来てしまった……、神野フーズ本社。
いや、本当は来たくなかったよ。
そもそも、名刺にはあんなこと書いてあったけど無視すればいいかな~なんて思ったくらい。
でも、結局巨大な権力者が相手だということにビビってしまったというか怖気づいたというか……。
連絡しなかったら、色々と手を回されて社会的に抹殺されるのでは、くらいまで考えてしまったからからね……。
そもそも、ちゃんとお礼と謝罪もしなきゃいけなかったし……。
あのまま消えるのはなんとも後味が悪い。
仕方なく勇気を振り絞って、名刺の連絡先に電話した。
するともちろんだが、神野海斗氏が電話に出たのだ。
『お、お忙しい所申し訳ありません。私、先日バーでお会いした……』
そこまで言うと言葉を遮られた。
『あぁ、悪い。今、手が離せないんだ。明日の11時にうちの会社まで来られるか?』
『明日ですか? はい』
『じゃ、明日』
そう言うと、一方的に電話を切られた。
ものの数十秒。
「明日会わなきゃいけないの~……?」
いや、会うことになるだろうなとは思っていたけど、ひとまずは電話で謝罪だと思っていたので少し肩透かしを食らった気分だった。
対面で会うのは気まずいけれど仕方ないか。
会いたくはないけど、ちゃんと顔を見て謝罪はしないと私も気分悪いままだ。
そして今に至る。
はぁぁと深く深呼吸をしてから入り口を入り、広いロビーを抜けて受付へ向かった。
社長と約束をしていると伝えると、受付嬢が電話で社長室へ連絡を入れる。
エレベーターで15階まで行くよう言われ、入館証をもらい、社員の人たちとエレベーターに乗り込んだ。
途中でどんどんと人が降りて行き、ついには一人になってしまった。
15階は最上階だ。
普通の社員が下りる場所ではないだろう。
到着した15階は廊下がふわふわした絨毯が敷き詰められている。
そのふかふかとした柔らかさに思わず「おぉ」と声が出た。
すると……。
「来たな」
絨毯に感動していると、急に声をかけられハッと顔を上げる。
エレベーターの横にもたれかかるように腕を組んで立っている神野海斗がいた。
あの時、バーで会った人で間違いない。
「こっちが社長室だ」
こちらが何か言う前にそう言って、奥の部屋に入っていくので慌てて追いかけた。
「失礼いたします」
「座って」
広い部屋の先にある窓際には大きく長いデスクがあり、その手前の一段下がった場所には低めのテーブルと高そうなソファーが並んでいる。
室内は凄くシンプルだが、オシャレさもあり綺麗だった。
座れと言われたソファーに腰かけると、そのフカフカさに思わず小さな声で「わぁ……」と呟いてしまうほどだ。
「改めまして。神野海斗です」
ソファーに感動していると、神野社長が目の前に座り挨拶をしてきた。
急いで立ち上がり、姿勢を正して深々と頭を下げる。
「大園花澄と申します。あの、先日はとんだご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ありませんでした」
「ちゃんと覚えていたみたいだな。酒で記憶をなくしていたらどうしようかと思った」
「まぁ座れよ」と促しながら神野社長はニヤッと意地悪く微笑み、私は冷や汗をかく。
社長の目が笑っておらず、サッと青ざめた。
どうしようかとって……、どうなさるおつもりだったんでしょうか……。
「大変だったんだぞ。バーを出た瞬間、急に吐くからお前も俺も汚れて……。すぐに近くのホテルに入って、着替えをさせてクリーニングにだして……」
「着替え……ですか?」
そう言われて、ハッとする。
そうだよ、下着にバスルーム着ていたってことは服を脱がせた人がいるってことだ。
自分では脱げなかったんだから、神野社長が服を脱がせてくれた……?
それに気が付き、カァァと顔が赤くなる。
「誤解されたくないからいうが、何もしていないからな。服を脱がせただけで、下着にすら触れていないんだから大目にみろよ。ゲロまみれで寝たくないだろう」
セクハラではないと神野社長はため息交じりにそう言った。
そこは黙ってこくこくと頷く。
神野社長だってやりたくてしたわけではないんだ。
恥ずかしいが、そこは重々承知している。
「ありがとうございました」
再び深々と頭を下げて、赤くなった顔を隠す。
なにかされた感じはなかったし、着替えだけだったんだろうけど、こんなイケメンに下着姿を見られたのは顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
しかも、あの時は上下バラバラの下着だったし……!
せめてもっと可愛い下着だったら……!
……いやいや、落ち着いて、私。
神野社長ほどのカッコイイ人が、私みたいな貧相で普通の女子の下着姿を見たところでなんとも思わないって。
もっと綺麗な人が周りにわんさかいるだろう。
仕方なくやってくれたんだ。
何を一人で慌てているの。
「朝食は? 用意しておいただろう。食べたか?」
若干気まずい空気の中、神野社長が咳払いを一つして話を変えた。
「あ、はい。いただきました。とても美味しかったです。さすが、有名ホテルのサンドイッチは違いますね」
とぎこちなく微笑むと、神野社長も大きく頷く。
「あぁ、特にあそこのフルーツサンドは格別なんだ」
少し空気が柔らかくなりホッと胸をなで下ろす。
怒っていないようで良かった。
よし、ここでお詫びの品を渡そう。
「社長。お詫びといってはなんですが、これを……」
紙袋から箱を出すと、社長の頬がピクッと動いた。
「これは?」
「アツミカナザワのチョコレートです」
有名店の高級チョコレートを朝一番に買いに行った。
「……どうしてチョコなんだ?」
「バーでワインを飲まれていた時、グラスの横にチョコの包み紙が何枚か置いてありました。ワインを飲みながらチョコを食べるのがお好きなのかなと思いまして……」
話しながら、「あっ」と小さく声が出た。
しまった……。
理由はどうであれ、男性に、しかもお詫びの品でチョコって変だったよね。
しかも、一番大事なことを忘れていた。
ここは神野フーズ。食品の会社だ。この会社はもちろん、お菓子部門もある。
そんなところにチョコをお詫びで持っていくなんて、喧嘩売っているようなものだよね!?
これは……、最大のしくじりをしてしまったのかもしれない……。
やばい、どうしよう、どうしよう。
震えそうな手をそっと握り、どう弁解しようか考える。
しかし神野社長は箱を開けて一つ取り出し、そそくさと包みを開けるとチョコを口に放り込んだ。
「え……」
「うっっまい」
神野社長の顔がぱぁぁと輝いた。
さっきまでのクールな表情から一変、嬉しそうなその笑顔に思わず目を丸くした。
チョコを食べて、顔がキラキラしている。
そのギャップにポカンとしてしまった。
「よ、喜んでいただけて良かったです。では、私はこの辺で……」
とりあえず、喜んでもらえているようだからオールオッケーでいいのかな?
ホッと胸をなで下ろす。
お礼と謝罪もしたし、そろそろ帰ろうと腰を浮かせると神野社長がおもむろに紙を渡してきた。