溺愛社長とお菓子のような甘い恋を
「これは?」
薄い冊子のような書類で、表面には雇用契約書と書いてある。
「俺の秘書をやって欲しい」
チョコを食べた時の柔らかな表情は消え、真剣な顔でそう告げられた。
私は急なことで頭が回らない。
秘書? 私が神野社長の?
「なんで?」
「就職先が見つからないんだろう?」
「そうですけど……」
就職先が見つからないとはいえ、神野社長の秘書をやるなんて寝耳に水だ。
今日は謝罪に来ただけだ。面接をしに来たわけではない。
その面接すらしていないのに、雇用契約の話まで飛んでいるのが理解できなかった。
「そもそも、履歴書だってないんですから私の経歴ご存じないですよね?」
そう言うと、首を横に振られた。
「君を介抱している時、君は経歴を話してくれたぞ。出身大学、以前の会社名に勤めていた部署。やっていた仕事内容、持っている資格など色々とな」
「え……」
全然記憶にない。
よく知らない男性に自分のことをペラペラ話していたってこと!?
「まぁ、半分聞き出したが正解だがな」
私の青い顔に、何かを察したのかそう付け加えてくれた。
「履歴書に書かれるようなことは聞いたけど、一応、書面で必要だから履歴書は書いて持ってきてほしい」
「待ってください。つまり、介抱していた時に半分面接されていたようなものなんですか? で、社長の秘書として合格したと?」
「そうだ。君がどこでもいいから就職したいと言ったんだぞ」
それは言ったかもしれないけど……。
「俺としては一刻も早く秘書が必要なんだ。どうする?」
どうするって言われても……。
正直、こんな大企業、普通だったら私のような経歴ではまず受からないだろう。
しかし、この社長は私の経歴を知ったうえで採用したいと言ってくれている。
でも、秘書なんてやったことがない。
私に務まるのだろうか……。
「出来る自信がありません」
正直にそういうと、神野社長は小さく頷いた。
「経験がないのは承知の上だ。まずは、俺のスケジュール管理から始めてほしい。それと、書類整理。他はゆっくりやっていってもらえればいいから」
「どうして経験のない私を採用して下さるんですか?」
神野フーズほどの大企業なら、秘書の経験者がこぞって応募してくるだろう。
「何人か面接はしたけど、なんかこれって人がいないんだよ。採用しても続かないし。最近諦めていたところに君がいたんだ」
「え~……」
思わず小さな声でそう呟く。
続かないって、一番駄目なパターンじゃない?
なにか問題があったってこと?
大丈夫かな、この社長……。
「ちなみに給料はこれくらいだがどうだ?」
契約書の書類を開いて、給与部分をトントンと指差す。
書いてある数字を見て、心が大きく揺れた。
「こ、こんなに?」
思わずゴクリと唾を飲み込む。
さすが大企業。基本給からして全然違う。
残業しなくても、以前の会社の手取りより何万も多くもらえるようだ。
前なんて残業してやっとここの基本給くらいだったぞ……。
給料だけ見たらすごくいい……。
他でこの給料はあり得ないだろう……。
魅力的すぎる……。
私の表情の変化に気が付いたのだろう。神野社長がニッと口角を上げた。
「来週の月曜日からどうだ?」
「お役に立てるかわかりませんが、よろしくお願い致します」
働けないよりは全然いい。神野社長に深々と頭を下げた。