溺愛社長とお菓子のような甘い恋を
浮かれた気分で会社に戻ると、神野社長と山口社長は外出した様で部屋にはいなかった。
今のうちに書類の確認と、今度の打ち合わせの時に使う資料をコピーして先方に送って……。
やることがたくさんで、集中して作業をしていたため神野社長が戻ってきたことに気が付かなかった。
「ここ、打ち間違えしているぞ」
「うわぁぁ! びっくりした。驚かさないで下さい、社長」
急にパソコン画面の文字を指摘され、驚いて顔を上げると目の前に神野社長がいた。
戻ってきていたんだ。
「凄い集中していたな」
「気が付かずにすみません。今、お茶入れますね」
14時を回っており、次のインタビュー取材まで少し時間があった。
お茶を入れようと立ち上がると、「コーヒーが良いな」と社長室に戻りながら神野社長が声をかけた。
「どうぞ」
ソファーに座って待っていた神野社長に、コーヒーとワッフルを出す。
「どうしたんだ、これ」
そう聞きながらも、目がキラキラと輝いている。
内心「フフフ」と笑った。
「お昼食べた近くに、カフェがあってテイクアウトしてきたんです。ワッフルが有名みたいですよ」
お昼を食べたお蕎麦屋さんの斜め前にあったカフェで買ってきた。
「いただきます。うん、美味い」
嬉しそうに笑う神野社長に、私も笑みがこぼれる。
社長が好きそうな物だと思ったけど、正解だったみたいね。
社長って厳しい所もあるけれど、実は甘い物が大好きだから時々こうして休憩時に甘いものを出すことにしている。
社長の見た目からは想像しにくくて、最近ではそのギャップが可愛いと思うようになった。
甘い物を食べている時は、柔らかい表情になる。
「大園は? 食べないのか? 美味いぞ」
「いいんですか?」
「あぁ、一緒に食べよう」
柔らかく微笑む笑顔についドキッとする。
こういう時だけ、優しい笑顔を向けるのは反則だよね。
私はいくつかお皿に出したワッフルを一つ手に取った。
「そういえば、大丈夫だったか?」
「なにがですか?」
「山口社長に肩触られただろう」
あぁ、そういえばそうだった。
神野社長、気にしていてくれたの?
「大丈夫ですよ、あれくらい」
「そうか? それならいいけど……。ここは先代から付き合いのある爺が多いから秘書がセクハラされやすいんだ。前の秘書もそれが嫌ですぐ辞めたし……」
神野社長は少し困った風に眉を寄せた。
なるほどな。
前の秘書が辞めた理由が分かった。
今はセクハラについて色々と厳しくはなっているが、相手が年配でしかも権力者ともなるとそこが通用しにくくなるところはあるんだろうな。
神野社長が防ごうとしているが、相手が相手なだけに防ぎきれないこともあるのだろう。
でも、だからといって好きな人以外にベタベタ触られるのは嫌だ。
そこは自分で上手くかわさないといけないのかもしれない。
「我慢する必要はないが、場合によってそうさせてしまうことは少なからずある。だから来客や接待の時は、なるべく俺の近くにいろ。いいな?」
「はい」
神野社長の言葉に深く頷く。
こういうところが優しい。
15時になると、月刊経済ファーストという経済雑誌の記者とカメラマンが取材に来た。
カメラマンは男性だけど、記者の方が香水をつけたタイトなミニスカートの女性だった。
一言で言えばお色気系。
記者がそれでいいの? と疑問に思ってしまう。
写真を撮られながら、会社のあり方や今後の食品会社の未来などについて語る社長は、純粋にかっこいい。
30分ほどのインタビューが終盤になってきた所で、女性記者が「では」とにっこりほほ笑んだ。
「食品会社の未来を担う神野社長ですが、今後ご結婚などのご予定はあるのですか?」
唐突な質問に、私も神野社長も一瞬動きが止まる。
えっと……、その質問……、いる?
事前に渡された質問内容には書かれていなかったけど……。
社長もそれに気が付いたのだろう、うふっと聞いてくる女性記者に作った笑みを返す。
「残念ながら、彼女すらいないので予定はないです。でも、いつかそういう日が来たらいいですね」
サラッと返すと笑顔を消して「もういいですか?」と話をしめた。
取材が終わると、その女性記者がススス~と神野社長に近づく。
「社長、お疲れ様でした。あの、よければ夜……、一緒にご飯でも行きませんか?」
彼女すらいないと聞いて、一瞬嬉しそうにしたのは見間違いではなかったか……。
女性記者はメモのような紙を神野社長に手渡す。
渡された紙の中身を見て、社長が苦笑した。
「すみません。夜は、彼女と約束があるので」
そう言うと紙を記者に返して、横にいた私の肩をグイッと引き寄せた。
えぇ!?
社長の大きくて温かい手の感触にドキンと胸が鳴る。
身体を引き寄せられて密着したことで、顔が赤くなってしまった。
「あ、あら……、秘書さんと? 彼女はいないって……」
「彼女はいないです。口説いている最中なだけです」
口説いている!?
凄いセリフにドキドキと胸が高鳴る。
記者の人に言い寄られないための嘘なのだろうとわかっているのに恥ずかしくなった。
戸惑いと引きつった顔を見せる女性記者に社長はニッコリと微笑む。
「そ、そうでしたか。では、また記事が出来たらお送りいたしますね」
そう言って女性記者はカメラマンを引き連れてそそくさと帰って行った。
帰る記者と目が会った時、どこか悔しそうに睨まれたのは気のせいではないだろう。
二人が帰った後も肩を抱かれたままだったので、ソロっと社長を見上げる。
「あ、あの社長……」
「あぁ、悪い。セクハラになっちゃうな」
バツが悪そうに、手を放す。
距離が出来たことで少しホッとしつつも、温もりがなくなったことに少し寂しさを感じた。
「プライベートの連絡先、渡されてつい……。悪かったな。これじゃぁ、山口社長と同じか」
申し訳なさそうに頭をかきながら、ソファーに座る。
さっきの女性記者にプライベートな連絡先を渡されたんだ……。
こういうことよくあるのかな。
神野社長ほどのルックスなら、みんな言い寄りたくなるよね。
社長はそれが嫌そうだ。
だったら……。
「あの、良かったら私が女避けになりますよ」
「え?」
思い切ってそう言うと、神野社長がパッと顔を上げた。
「あ、えっとその、私では役不足かもしれませんが……、でも私も社長にセクハラおじさんから守っていただくので私も何かお役に立てればと……」
話していてしどろもどろになってしまう。
言って後悔した。
気が付けば口から出ていた言葉だが、私が社長の女避けだなんてずうずうしいにも程があった。
社長にはもっと素敵な人がお似合なのに……。
つい俯くと、社長が立ち上がった。
「いいのか?」
「え?」
「女避けってことは、彼女のふりをすることだってある。さっきみたいに、身体に触れることもあるんだぞ」
……そこ?
つまり触っていいか、確認しているの?
「それは大丈夫です。社長に触られるのは嫌ではありませんから」
そう言うと、社長は苦笑した。
「お前、自分が何言っているかわかってないだろ」
とボソッと呟く。
何か変なことでも言っただろうか。
「いや、ありがとう。仕事なのに言い寄ってくる奴って苦手だったんだ。だから凄く助かる。よろしくな」
「はい」
神野社長が優しく微笑んだ。
こんな表情初めて見る。嬉しくなってつられて笑顔で頷いた。