溺愛社長とお菓子のような甘い恋を

引きつった笑みを浮かべていると、私と島田社長の間に腕が割り込んできた。

「島田社長。どうかされましたか? うちの大園が何かご迷惑を?」
「神野君! あ、いや……」

見上げると、神野社長が微笑みながら島田社長に問いかける。
するりと間に入って、私を背中に隠してくれた。
神野社長、来てくれた……。
その大きくて広い背中にホッと安堵する。
廊下の奥からは唇を尖らせた綾香さんが不満そうにやってきた。

「おじさん、何しているのよ。もう帰りましょう」
「えぇ!?」

さっきまでご機嫌だったのに、今はふてくされている綾香さんに目を丸くして驚いている。

「あぁ、すみません。綾香さんに‘おもてなし’を受けそうになったのですが、私には大園がおりますので、丁重にお断りをしたんですよ」

おもてなし……。
含むいい方にピンとくる。
つまり、私と島田社長が席を外したタイミングで誘惑して落そうとしたのか。
おじがおじなら姪も姪だな……。
呆れた気持ちで二人を見やる。
島田社長は綾香さんをたしなめる様に軽く睨んでからコホンと咳ばらいをした。

「神野君と大園さんは……、その……、そういう関係なのかい?」
「彼女は僕にとって大切な人です。なので、社長も大園にはお手柔らかにしていただけると助かります」
「私は何も……」

ごにょごにょと口ごもる。
私は後ろから神野社長の横顔をそっと見つめた。
‘大切な人’
その言葉に大きく胸を揺さぶられる。
恋人のふりでそう言ったのは理解している。
わかっているのに、大切な人だと言われたことがすごく嬉しかった。

「おっと、もうこんな時間だ。私どもはこの辺で……。島田社長のおかげでとても楽しい時間を過ごせました。また是非ご助言、ご教授ください」
「あぁ、私こそ有意義だったよ。また酒でも飲もう」

島田社長はまるで何もなかったかのように笑顔で神野社長と握手をする。
切り替えが早い人だ。
島田社長や女将に挨拶をして、神野社長に促されるように料亭を後にした。
タクシーを止めようと料亭から少し歩き、大通りへ出る。
そこで神野社長がため息をついた。

「島田社長とお前が戻らないと気が付いたときはヒヤッとしたよ」
「助けに来てくれて、ありがとうございました」
「すぐに行けなくて悪かったな。何もされなかったか?」
「あぁ、はい。肩と腰を触られてトイレに連れ込まれそうになったけれど、社長が来てくださったので実害はなかったです」

ヘラッと笑うと、神野社長は不快そうに目を細める。

「十分、実害はあっただろう。嫌だったなら無理に笑わなくていい」
「無理はしていませんよ。神野社長が来てくれた時、本当に心からホッとして安心しました。来てくれたって嬉しさが勝って、不快感がどこかへ飛んでいきましたよ」

これは本当だ。
不快感より安心感の方が強い。

「社長こそ、私がいない間に綾香さんに何かされたりしませんでしたか?」
「いやぁ~……、凄いグイグイと迫られたけど大園の方が気になってうっとおしいだけだった」

うんざりしたようにため息をつく。
そうか、あの色気に惑わされそうになっていなくて良かった。
ホッとして、ん? と首をかしげる。
良かったって……?

「どうした?」
「いいえ。あ、タクシーが到着しましたよ」
「大園も乗って行け」
「大丈夫です。駅はすぐそこだし、近いので電車で帰ります」

送ろうとしてくれる社長に、笑顔で断りを入れてタクシーを見送る。
タクシーが見えなくなってため息をつく。
ただの秘書なのに、大切にされているようで勘違いしそうになる。
セクハラよけ、女除け……。
カモフラージュのために恋人関係であるかのようなふりをする。
それがさらに社長のそばを居心地よくしている。
女除けになるなんて言わなければよかったかな。

「でも必要なことだし……」

勘違いは起こさないよう、身を引き締めなければいけない。

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