溺愛社長とお菓子のような甘い恋を
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「今日も暑いわね」
竹田さんは外を見ながら憂鬱そうだ。
最近行きつけになっている蕎麦屋へ行くと、竹田さんと相席になることが多かった。
今日も会社を出たところで、竹田さんと会ったので一緒に向かったのだ。
二人で蕎麦をすすりながら当たり障りない会話をする。
「もうすぐお盆ですもんね。夏休みはどこかに行かれるんですか?」
「うん。スペイン行ってくる」
竹田さんは憂鬱そうな顔から、パッと笑顔になる。
「スペイン!? いいなぁ~」
「大園さんはどこいくの?」
「私は決まってなくて。家でだらだら過ごすだけです」
去年は生島さんと北海道へ旅行に行った。
楽しかったなぁ。まぁ、あの時すでに専務の娘と付き合っていたみたいだけど……。
……嫌なこと思い出しちゃった。
「そっか。私、今年は初めて彼と旅行に行けるから楽しみなんだよね」
「わぁ、いいですね。彼氏さん、忙しいんですね。何のお仕事しているんですか?」
それは楽しみだろうな。
竹田さんのうきうきした表情につられて私も笑顔になる。
そういえば、竹田さんと仕事の話はするけどプライベートの話は初めてだ。
私の質問に考えるそぶりを見せた後、少し恥ずかしそうに笑った。
「夜に仕事しているの」
「夜? 夜勤があるんですか?」
「まぁ、そんなところ。あ、やばいもう行かなきゃ。じゃぁまたね」
竹田さんは時計を見て慌てて会社へ戻って行った。
夏休みかぁ。スペイン、いいなぁ。
私もどこか行こうかな。でも友達とは予定が合わなかったし……。
実家に帰省するって言っても、兄夫婦が同居していて帰りにくいんだよねぇ……。
そうだ、ひとりで旅行でも行こうかな。
考えながら会社に戻ると、神野社長がデスクでうなっていた。
「どうしたんですか?」
私が声をかけると、ハッとしたように顔を上げる。
「そうか、大園がいた……」
「なんですか?」
「なぁ大園、来週からの夏休みはどこか行くのか?」
「う~ん、特にはないんです。でもどこか行こうかなとは思っていますよ」
そう答えると、社長はパァァと笑顔になってつかつかと近寄ってきた。
えっ!? なに!?
「つまり、暇?」
「う……。なんか腹立つ言いかたですけど、まぁ……はい……。え? なんですか?」
社長の嬉しそうな様子に顔を引きつらせる。
せっかくの休み、出社して仕事しろとかじゃないでしょうね。それは嫌!
警戒していると、意外な提案をされた。
「俺と軽井沢に行かないか?」
「軽井沢?」
社長と軽井沢に行くってどういうこと?
急な話に目を丸くする。
「仕事ですか? 仕事ならお断りします」
「特別手当なら出す。俺の恋人としてパーティーに出てほしいんだ」
「パーティー?」
軽井沢でパーティーなんてスケジュールにはなかったぞ。
ということは、社長のプライベートということだろうか。
「大学時代の同級生が婚約パーティーを開くんだ。それに恋人役として出席してほしい」
社長は両手を合わせて、お願いポーズをする。
「恋人役……、今までのように女除けとしてということですか?」
「女除けというか……。これ」
そう言うと、招待状を見せてくれた。
「ここ……」
会場は軽井沢でも有名なホテルだ。そういえば、ここのスイーツが美味しいってネットで見たことがある。
一度行ってみたかったんだよね。
そして、その下に日時が書かれており、パートナー同伴可と書いてあった。しかもその横に手書きで、「神野はもちろんパートナーと来るよな!」と書いてある。
うわぁ、これはなんか挑戦的だなぁ……。
「こいつとはいわゆる悪友ってやつで……。一人で行ったら確実に馬鹿にされる」
この感じだと、今までのただ側にいるだけの女除けというのはなく、しっかりと恋人役として振舞わないといけないような気がするけど……。
「私なんかでいいんですか?」
「こんな近々で頼めるのは大園しかいない。費用はもちろんこっちで全部出すから」
この通りだ、と社長に頭を下げられては嫌とは言いにくい。
うーん、どうしようかな……。
夏休みは予定なかったし、神野社長が費用を全額持ってくれるというなら、ただで旅行ができると考えてもいいか。
それに、恋人役といっても、今までの女除けの延長みたいなものだろう。
仕事の延長線というのが少し嫌だけど、行きたかった場所に行けるわけだし……。
なにより、神野社長がここまで切羽詰まったように頼みごとをするのは初めてだ。
だったら、秘書として力になってあげるべきだろう。
「わかりました。いいですよ」
「ありがとう」
社長は嬉しそうに私の手を取ってお礼を言う。
手に触れられて少しドキッとしたが、社長は安心した表情をしていた。