蜜柑の華
急な帰郷と出迎え
S1・オープニング
黒味。
シャンソン[愛の歓び]が、古いラジオから流れ始める。
浮かんでは消えていく当時の世界のモノクロ映像を背景に、ひた走る列車の車輪が映し出される。
合間に挿入されるスタッフロール。
やがて汽車は列車へと変わり、映像はモノクロからカラーへ。
S2・伊豆/海沿いの風景
BGM(シャンソン、S1から続いて)
海を臨み、ひた走る汽車。
T「昭和十九年、八月」
S3・伊豆急車内
男(五十台)、山側の席で眠っている。
男の腰元に古いラジオ、そこから流れているシャンソン。
海軍制服を纏った荒井修平(十九)、海側の席に陣取り、窓の外を眺めている。
眼下を流れる景色、カモメが飛び、海がきらきらと輝いている。
S/E・連結部分の扉、開閉音
車掌(中年)が切符の点検にやってくる。
車掌、男の席近くで足を止める。
カチリ、車掌にチャンネルを変えられたラジオ。
国民放送が流れ始める、感情のこもらない声。
修平、ラジオの方を振り返り、肩を竦める。
車掌、去っていく。
諦めた修平、再び目を窓の外に向ける。
人里めいてきた眼下の景色、海を背景に蜜柑畑が広がる。
修平「…蜜柑の華が、咲いている」
走り続ける電車。
タイトル【蜜柑の華―la fleur d'oranger】
[愛の歓び]が、S1よりも鮮明に流れ始める。
S4・伊豆/城ヶ崎海岸、農村
BGM、続いて。
照りつける太陽。
海を背景にした畦道、その地平線。
荒井翔平(十六)、息を切らし自転車で畦道を上ってくる。
翔平「はぁ、はぁ――…みぃかーんっ」
坂道を上りきると、大きな日本家屋が姿を現す。
そちらへ続く砂利道。
緩い下り坂を自転車が走る。
砂利道の両脇には蜜柑や檸檬、枇杷の木などがある。
諸所で、梯子に登った女中たちが木の手入れをしている。
女中ら、翔平を振り返る。
最年長の幸子(六十)、
幸子「あら、小さい坊っちゃん。そんなに慌ててどこさ行くんです?」
翔平「(少しむっとして)…未香は、」
幸子「お嬢さまでしたら、お庭でお洗濯もの干していらっしゃいますよ。久しぶりに晴れましたから」
幸子、手を額にかざしながら空を振り仰ぐ。
青い空、燦々と輝く太陽。
S/E・鳶の鳴き声
のどかな、夏の午後。
遠くから、正午を報せる鐘が響いてくる。
翔平「(はっとして)…いけね!」
翔平、自転車を漕ぎ出す。
日陰に寝そべっていた老犬ベン、ピンと耳を立て、吠える。
翔平「悪い、ベン。今急いでるんだ、また遊んでやるから!」
幸子「(翔平の背に、)なしてそんなに急いでるんで?」
翔平「(振り向きながら)兄ちゃんが、帰ってくるんだ!」
走り去る自転車。
ぽうっと見送った女中たち。
幸子「(はっとして)たいへん! (梯子を下りつつ)お館さまーっ」
S5・伊豆/屋敷の裏庭
風が、背の高い竿に干されたたくさんの洗濯物を揺らしている。
縁側に置かれた蓄音機から「愛の歓び」が流れている。
白のワンピース姿の未香(十六)、寝そべっている。
青い空、遥か頭上を鳶が飛んでいる。
翔平「(遠くから)みかーん!」
未香「(起き上がり、)翔平ちゃん、」
S/E・自転車のブレーキ、自転車が無造作に放られる音
翔平「(洗濯物をかきわけて顔を出し、)未香!」
未香「どうしたの? そんなに慌てて(引き起こされて)て、わっ」
翔平、未香の手を引いて倒れた自転車の方へ。
未香「翔平ちゃん…ねぇってば!」
翔平、未香の眼前に電報を突きつける。
未香「(電報に目を通し、)…修平さんから?」
翔平「午後一番に着く汽車で帰るって」
鳶、鳴きながら空高く飛んでいく。
翔平、未香を自転車の倒れているところまで引っ張っていく。
自転車を起こし、「乗って」と後部座席を顎で示す。
未香、身軽に横乗りになる。
走り出す自転車。
S6・伊豆/城ヶ崎海岸
桜並木のアーチを、自転車が滑り降りていく。
遠く、眼下には海。
緑の天井の隙間から降り注ぐ陽光。
S7・伊豆/伊東駅
田舎ながら大きな終着駅の雑踏。
S/E・自転車のブレーキ
自転車が滑り込んでくる。
未香「翔平ちゃん、…大丈夫?」
翔平「(笑顔だが肩で呼吸)このくらい、大したことないよ」
人でごった返す駅構内。
到着した列車。
翔平、雑踏の中、未香の手を引き人ごみの中を進む。
敬礼する青年。
正面で泣く泣く見送る家族。
背後で万歳三唱する親族。
大勢「万歳ー!」
未香、その光景を痛ましそうに見ている。
S8・(回想)伊東駅
無音、モノクロ映像。
列車の前で敬礼する学生服に学帽の修平(十八)。
背後、人々が万歳三唱。
手を繋いだ半泣きの未香(十五)と無表情の翔平(十五)。
海軍予備学生として出征する修平、しかと前を向いて。
S9・伊豆/伊東駅
S7から続いて。
雑踏。
翔平「(未香を覗き込んで、)未香?」
未香「(目をそらし、)…なんでもない」
修平、未香と翔平の背後で足を止める。
修平「未香、翔平。」
未香と翔平、振り返る。
S8のモノクロ映像に重なって、カラー。
軍服姿で立っている修平。
修平「迎えにきてくれたのか(呆けている未香の頬に手をやり、)随分、慌ててたみたいだ」
未香の髪から芝を払う。
修平、新緑の香りを吸い込む。
未香、ぽうっと修平を見上げている。
修平「(翔平を見やって、)翔平、久しぶりだな。変わりないか?」
頷く翔平。
修平、翔平の頭にぽんと手の平を乗せて掻き撫ぜる。
修平「そうか、よかった。ふたりで、来たのか」
未香「(頷いて)電報、今朝届いたの」
修平「(笑って)慌てるはずだ。一人でも帰れたのに。どうせ、翔平が未香を巻き込んだんだろう?」
翔平、顔をしかめる。
修平「変わっていないな。(午後の空高い太陽を仰ぎ、眩しそうに)――帰ろう」
黒味。
シャンソン[愛の歓び]が、古いラジオから流れ始める。
浮かんでは消えていく当時の世界のモノクロ映像を背景に、ひた走る列車の車輪が映し出される。
合間に挿入されるスタッフロール。
やがて汽車は列車へと変わり、映像はモノクロからカラーへ。
S2・伊豆/海沿いの風景
BGM(シャンソン、S1から続いて)
海を臨み、ひた走る汽車。
T「昭和十九年、八月」
S3・伊豆急車内
男(五十台)、山側の席で眠っている。
男の腰元に古いラジオ、そこから流れているシャンソン。
海軍制服を纏った荒井修平(十九)、海側の席に陣取り、窓の外を眺めている。
眼下を流れる景色、カモメが飛び、海がきらきらと輝いている。
S/E・連結部分の扉、開閉音
車掌(中年)が切符の点検にやってくる。
車掌、男の席近くで足を止める。
カチリ、車掌にチャンネルを変えられたラジオ。
国民放送が流れ始める、感情のこもらない声。
修平、ラジオの方を振り返り、肩を竦める。
車掌、去っていく。
諦めた修平、再び目を窓の外に向ける。
人里めいてきた眼下の景色、海を背景に蜜柑畑が広がる。
修平「…蜜柑の華が、咲いている」
走り続ける電車。
タイトル【蜜柑の華―la fleur d'oranger】
[愛の歓び]が、S1よりも鮮明に流れ始める。
S4・伊豆/城ヶ崎海岸、農村
BGM、続いて。
照りつける太陽。
海を背景にした畦道、その地平線。
荒井翔平(十六)、息を切らし自転車で畦道を上ってくる。
翔平「はぁ、はぁ――…みぃかーんっ」
坂道を上りきると、大きな日本家屋が姿を現す。
そちらへ続く砂利道。
緩い下り坂を自転車が走る。
砂利道の両脇には蜜柑や檸檬、枇杷の木などがある。
諸所で、梯子に登った女中たちが木の手入れをしている。
女中ら、翔平を振り返る。
最年長の幸子(六十)、
幸子「あら、小さい坊っちゃん。そんなに慌ててどこさ行くんです?」
翔平「(少しむっとして)…未香は、」
幸子「お嬢さまでしたら、お庭でお洗濯もの干していらっしゃいますよ。久しぶりに晴れましたから」
幸子、手を額にかざしながら空を振り仰ぐ。
青い空、燦々と輝く太陽。
S/E・鳶の鳴き声
のどかな、夏の午後。
遠くから、正午を報せる鐘が響いてくる。
翔平「(はっとして)…いけね!」
翔平、自転車を漕ぎ出す。
日陰に寝そべっていた老犬ベン、ピンと耳を立て、吠える。
翔平「悪い、ベン。今急いでるんだ、また遊んでやるから!」
幸子「(翔平の背に、)なしてそんなに急いでるんで?」
翔平「(振り向きながら)兄ちゃんが、帰ってくるんだ!」
走り去る自転車。
ぽうっと見送った女中たち。
幸子「(はっとして)たいへん! (梯子を下りつつ)お館さまーっ」
S5・伊豆/屋敷の裏庭
風が、背の高い竿に干されたたくさんの洗濯物を揺らしている。
縁側に置かれた蓄音機から「愛の歓び」が流れている。
白のワンピース姿の未香(十六)、寝そべっている。
青い空、遥か頭上を鳶が飛んでいる。
翔平「(遠くから)みかーん!」
未香「(起き上がり、)翔平ちゃん、」
S/E・自転車のブレーキ、自転車が無造作に放られる音
翔平「(洗濯物をかきわけて顔を出し、)未香!」
未香「どうしたの? そんなに慌てて(引き起こされて)て、わっ」
翔平、未香の手を引いて倒れた自転車の方へ。
未香「翔平ちゃん…ねぇってば!」
翔平、未香の眼前に電報を突きつける。
未香「(電報に目を通し、)…修平さんから?」
翔平「午後一番に着く汽車で帰るって」
鳶、鳴きながら空高く飛んでいく。
翔平、未香を自転車の倒れているところまで引っ張っていく。
自転車を起こし、「乗って」と後部座席を顎で示す。
未香、身軽に横乗りになる。
走り出す自転車。
S6・伊豆/城ヶ崎海岸
桜並木のアーチを、自転車が滑り降りていく。
遠く、眼下には海。
緑の天井の隙間から降り注ぐ陽光。
S7・伊豆/伊東駅
田舎ながら大きな終着駅の雑踏。
S/E・自転車のブレーキ
自転車が滑り込んでくる。
未香「翔平ちゃん、…大丈夫?」
翔平「(笑顔だが肩で呼吸)このくらい、大したことないよ」
人でごった返す駅構内。
到着した列車。
翔平、雑踏の中、未香の手を引き人ごみの中を進む。
敬礼する青年。
正面で泣く泣く見送る家族。
背後で万歳三唱する親族。
大勢「万歳ー!」
未香、その光景を痛ましそうに見ている。
S8・(回想)伊東駅
無音、モノクロ映像。
列車の前で敬礼する学生服に学帽の修平(十八)。
背後、人々が万歳三唱。
手を繋いだ半泣きの未香(十五)と無表情の翔平(十五)。
海軍予備学生として出征する修平、しかと前を向いて。
S9・伊豆/伊東駅
S7から続いて。
雑踏。
翔平「(未香を覗き込んで、)未香?」
未香「(目をそらし、)…なんでもない」
修平、未香と翔平の背後で足を止める。
修平「未香、翔平。」
未香と翔平、振り返る。
S8のモノクロ映像に重なって、カラー。
軍服姿で立っている修平。
修平「迎えにきてくれたのか(呆けている未香の頬に手をやり、)随分、慌ててたみたいだ」
未香の髪から芝を払う。
修平、新緑の香りを吸い込む。
未香、ぽうっと修平を見上げている。
修平「(翔平を見やって、)翔平、久しぶりだな。変わりないか?」
頷く翔平。
修平、翔平の頭にぽんと手の平を乗せて掻き撫ぜる。
修平「そうか、よかった。ふたりで、来たのか」
未香「(頷いて)電報、今朝届いたの」
修平「(笑って)慌てるはずだ。一人でも帰れたのに。どうせ、翔平が未香を巻き込んだんだろう?」
翔平、顔をしかめる。
修平「変わっていないな。(午後の空高い太陽を仰ぎ、眩しそうに)――帰ろう」