例えばその夕焼けがどれだけ綺麗だとしても
「久しぶりだね、駿君。元気だった?」
坂月の事を兄のように慕う駿に、坂月は車窓から顔を出し、優しく声を掛ける。
「おかげさまで、鬼のような女に毎日しごかれてますけど、元気っす。つーか、俺知らなかったです。なんで言ってくれなかったんですか?まぁ俺に隠してた姉ちゃんも姉ちゃんだけど!」
駿の問いかけに、沙耶も坂月も、うん?と首を傾げた。
「だーかーらぁー!姉ちゃんと付き合ってたなら、教えてくれたって良いじゃないですか!水くさいですよ!」
バキィッ
「………………」
駿のタイミングが悪すぎる勘違いが完全に音になって出てしまった直後に、沙耶の拳が弟の頬を直撃した音が響き渡る。
「は、はは!坂月さん、行って下さい!馬鹿な弟は寝ぼけていたみたいなので!!困っちゃうんですよねぇ、この子はいっつもこうやって外で寝ちゃうんだから。ゆ、夢でも見てたのかな!あ、あははは。」
硬直する坂月に、更にカチコチになった沙耶が、硬すぎる作り笑顔で、隣で伸びている駿の腕を取ってばいばいと手を振った。
「――その夢、本当だったらどんなにいいか。」
「――え?」
真顔でポソ、と呟いた坂月の言葉は、沙耶の耳には届かない。
坂月はニコ、と微笑んで。
「いえ。これ以上ここにいると、どうにかなりそうなんで、帰りますね。秘書の件、その気になったら連絡ください。それ以外のことでも私で良ければ気軽に連絡下さい。もう、貴女がこちらに気を遣うことはないので。」
そう言い残して、坂月は今度こそ、窓を閉めて、車をUターンさせた。
「おやすみなさい……」
それを見送ると、沙耶は駿をずるずる引きずって家の中に入った。
夜露がさらけた足首にまとわりついて、冷たかった。
坂月の繋ぐ必死の糸。ちらつく嫉妬心にも、沙耶は気付かない。
ただ、石垣と坂月の間で、揺れ動く自分の感情に、完全に心掻き乱されていた。
こんな経験は、初めてのことだった。