例えばその夕焼けがどれだけ綺麗だとしても
時刻は7時を過ぎた所。
「――ったく、姉ちゃんは一体何回俺を殴れば気が済むんだよ。」
箸を動かしながら、ぶつぶつと念仏のように小さな抵抗を吐き出す駿。
しかし今の沙耶には構ってやる余裕はない。
食事も喉を通らない為、朝食は自分の分は作らず、今は駿の弁当を一心不乱に作っていた。
――心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば……
「そんな照れなくたっていいじゃねぇか。彼氏の一人や二人、やぁぁぁっと姉ちゃんにもそういう人が現れたかって、赤飯炊いてやりたいくらいの弟心なんだよ。」
ガス!
「ひっ」
沙耶が何も言わないのを良い事に大分声量を上げていた駿が、悲鳴を上げる。
テーブルの上には、菜箸が突き刺さっている。
「だからね?勘違いなの、駿くん。」
にこり、笑顔をこちらに向けた姉の顔は、まさしく般若そのもの。
「二度と――そう、二度とそのうわっついたぺっらぺらな発言をしないでくれる?じゃないとあんたの部屋の水槽にいるかわいいメダカ一匹一匹開きにして夕飯に出すわよ?」
最近、秋元家には、家族が増えた。
と言っても、水路にいたメダカ。
それを駿が捕まえてきて、水槽とは名ばかりの、二リットルペットボトルの容器に入れて毎日愛でている。
「鬼畜……」
駿は、この春で高校三年生になるというのに、目尻に涙が滲むのをこらえきれずに、箸を噛んだ。