例えばその夕焼けがどれだけ綺麗だとしても
薄暗くなってきた道を、沙耶はひとり黙々と歩き続ける。
しかし右手と右足、左手と左足が同時に出る、ぎくしゃくとした歩き方で、傍(はた)から見ると不自然極まりない。
手には、ずしりと重たい本家の鍵が握られたまま。
――あり得ないあり得ないあり得ない。
駅でもバスの中でも、待ち時間も、そして今もずっと、頭の中で念仏のようにそう唱えていた。
建物の多い都会と違い、ここ近辺は、畑と田んぼばかりが広がっていて、落ち着いて物事を考えたい時には絶好のスポットだ。
それなのに、だ。
「っだぁっ!!」
道の途中で沙耶は、突然頭を抱えて叫ぶ。
数時間前の石垣の顔が、言葉が、沙耶の頭をしきりに混乱させているせいだ。
『沙耶』
石垣の声が、耳の後ろ辺りに甦り、沙耶は思わず身震いする。
――た、確かに、感謝はしてる。うん。最初はなんて嫌な奴だと思ってたけど、性格が屈折してるだけで、律儀に約束を果たそうと頑張ってくれて、こんな風に秋元家を追い出してくれて、ワンピースまで取り返してくれて、それはすごく感謝できる、うん。だけど、だけど!
『俺のお嫁さんになって。』
「わわわわわわわわわっ」
思い出すだけで、歯が浮く。
瞬間湯沸かし器のように、ぼっと顔が熱くなった。
「そそそ、、そんなん、なれるわけないだろーーーーー!」
沙耶は内にあるもやもやを吐き出すように、思い切り声を張り上げた。
近所迷惑を気にする程、民家は近くにない。
木霊(こだま)だけが、山の向こうへと飛んでいく。