恋をしているのは内緒~報われないと知っているから~
「だから同じことを何度も言わせるなよ! お前らと一緒には飲みたくない!」

「えぇ~、どうしてよ。美女ふたりが誘ってるのに。テーブル席で一緒に楽しく話そうよ」

 若くて派手な服装をした女性ふたりが、猫なで声でまとわりつくようにカウンター席に座る男性を両サイドから挟む形で包囲している。

「うるさいな! お前らなんか要らないって言ってるんだ。俺の前から早く消えろよ!」

 詳しい事情は私にはわからないし、しつこくされたのかもしれないけれど、その男性は女性たちに対してずいぶんと酷い言い方をしていた。
 断るにしてももう少し丁寧な物言いはできないものかと、まったく関係のない私ですら思うくらいに。
 
「なによ、せっかく声かけてやったのに。ちょっとイケメンだからって調子に乗んなよ!」

 さすがに女性たちも怒ったようで、逆にその男性に対して暴言を吐いたあと、「帰ろ!」と憤慨しながらふたりで店を出て行ってしまった。
 初めて入ったバーなのに、来て早々に強烈な場面を目にした私は、しばし呆然として様子をうかがう。
 
 女性たちが去ったあと、その男性は左手で頬杖をつきながら未だに不機嫌そうに眉根を寄せていたのだけれど、私はどうもその横顔に見覚えがある。
 ……いや、違う。きっと仕事で目が疲れているせいで見間違えたのだ。
 あのようなきつい暴言を吐く男性が相楽くんに見えるだなんて、どうかしている。
 フルフルと小さく頭を振り、そんなわけはないと思いながらもう一度チラリと視線を送ると、その男性とバチッと目が合って心臓が止まりそうになった。

「相楽くん……」

 ついうっかり名前を言ってしまい、私はあわてて自分の口を両手で覆って顔をそむけた。

「おい」
 
 女性に対してあんなに荒くれた態度を取る人に絡まれたくない。そう思っていたのに、男性の低い声が耳に届き、私はそのまま身を縮こまらせた。

「ごめんなさい、人違いでした。すみません。私のことは気にしないでください」

 謝っておけば大丈夫だろうと考え、私は男性と視線を合わせずにうつむいたまま小さく頭を下げる。


< 5 / 26 >

この作品をシェア

pagetop