魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

出港前

 新婚旅行に行こうと言われた日から三日後、朝から楽しみで良く寝られなかったレティシアは小さく欠伸をしながらグリフォンの引く馬車に揺られ、グスタット領の港に向かっていた。馬車の中にはセシリアスタとレティシア、護衛のエドワースと侍女のカイラが共に乗っていた。
「眠いならば港まで寝ていればいい」
「いえっ、大丈夫です」
 涙の滲む目を擦りながら言うレティシアに、セシリアスタは小さく微笑む。大分慣れたとはいえ、やはり至近距離での微笑みは胸が高まってしまう――。頬を紅潮させながら、レティシアはそう思った。
「ほら、こっちに身を預けて」
「は、はい……」
 肩を寄せられ、セシリアスタに体を預ける。人肌の温もりで睡魔が襲ってくる。次第に瞼が重くなって来た。
「港に着いたら起こす。それまで寝ていなさい」
「すみません……」
 抱き寄せられた肩を優しく叩かれ、ゆっくりと瞼を閉じる。次第に意識が遠のき、夢の世界に導かれた。




「寝ちゃったか」
「ああ」
 エドワースの声にそう答えるセシリアスタ。成人したとはいえ、まだ十六歳だ。体力的にも自分たちに劣るだろう。
「お嬢様、初めての旅行で眠れなかったみたいですから」
「初めて?」
 カイラの言葉に、目を細める。カイラは「あっ」と言ったが、もう遅い。カイラは諦めて言葉を発した。
「お嬢様、今まで一度も旅行に連れて行って貰ったことがないんです。旦那様達はスフィアお嬢様だけを連れて行っていたので……これが人生で初めての旅行なんです」
「そうか……」
 カイラの話を聞きながら、セシリアスタは眠っているレティシアを見る。幸せそうにすやすやと眠る彼女だが、そんなに楽しみにしていたとは気付かなかった。折角の新婚旅行だ、目一杯、楽しませてやろう。そう、セシリアスタは思った。





 外から聞こえる賑わう声に、ゆっくりと目を開ける。膝には何時の間にか管理証明書にあたる魔石の付いた首輪を装着するカールが乗っていた。
「キュウ、キャアウ!」
「カール……おはよう」
 撫でてやると、嬉しそうに頬を摺り寄せた。隣を見れば、微笑みながらじっとレティシアを見つめているセシリアスタと視線が交わる。
「おはようございます、セシル様」
「ぐっすり眠れたか?」
「はい」
 ゆっくり上体を起こしながら、セシリアスタと向き合う。もう、港のあるグスタットに付いたのだろうか――。そう思いながら開けられたキャリッジから出ると、早朝に出発したのにもう日が高く昇っていた。周りも積み荷の山で、行き交う人々の活気も相当なものだった。
「ここはもう港ですか?」
「ああ、グスタットの港だ。ここは周りの町の港とは違い、賑わいが相当だからな」
 がやがやとしている港の入り口でキャリッジから降り、各自で荷物を持つ。港の中をセシリアスタの後を付いて行きながら、辺りを見渡した。露店では引き上げたばかりの魚貝が並べられ、輸入されたものもちらほらと並べられている。物珍しさにきょろきょろと見ながら歩いていると、セシリアスタの足が止まった。
「これが、私達の乗る船だ」
「わあ……っ」
 目の前に停泊する、大きな船舶。船の乗組員と思われる人が何人も代わる代わる積み荷を船に運んでいた。歩きだすセシリアスタについて行き、船尾楼甲板から昇降口へと下りる。セシリアスタが船員に話しかけると、そのまま船内を案内され移動していく。船員に案内された船室は三部屋で、セシリアスタとレティシア、エドワース、カイラとアティカと分けられていた。
「まあ……っ」
 室内の煌びやかな装飾に、思わず声がでてしまう。小さなシャンデリアに、天蓋の付いた大きなベッド。枕元にはサイドチェストにランプ、ソファに同系統のテーブルと、船室とは思えない装飾だった。
「とても綺麗です! 凄い、こんな装飾……船内とは思えないです」
「気に入ったか?」
「はい!」
「キュウ!」
 喜ぶレティシアとカールに、セシリアスタの頬が緩む。気に入ったレティシアの顔が見れただけで、セシリアスタは満足気だった。
「もうじき、船が出向する。それまで部屋で大人しくしていよう」
「はい」
 たたっと窓に駆け寄り、船内から見える景色を楽しむレティシア。肩に乗るカールも、目を輝かせていた。もうじき出向する。二人の新婚旅行が始まろうとしていた。
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