魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

初めての感情

 昼食の時間になり、船内の食堂に向かおうと船室からでた瞬間、船が揺れ大きく傾いた。
「きゃあっ」
「レティシアッ」
 咄嗟に抱き留められ、支えて貰う。再び大きく揺れ、セシリアスタに支えて貰わないと立っていられない程だ。
「一体、何が……」
「大方モンスターに遭遇したんだろう」
「モンスターに?」
 海には魔物(モンスター)が潜む。陸地でも魔物は存在するが、海の魔物は大きさが陸地の魔物よりも数倍あるものが多い。三度目の揺れに、セシリアスタは舌打ちをした。
「船員では敵わないレベルか……レティシア、私は甲板に行く。エド!」
 叫ぶと、隣の部屋からエドワースが出てきた。呑気に欠伸をしている所を見るに、この揺れの中でも眠っていたようだ。
「ふあ~……なんだ?」
「レティシアを頼む。私は甲板に出る」
「オッケー」
 エドワースに支えて貰い、セシリアスタは甲板へと向かった。不安そうに見つめるレティシアに、エドワースは声を掛けた。
「……見に行きます?」
「え、でも……」
「俺がいるから大丈夫ですよ。海に落ちる心配もないです。セシルのこと、心配なんでしょう?」
 確かに、セシル様ならば余裕で退治するだろう。だが、それでも心配なのは事実だ――。レティシアはエドワースを見上げ、強く頷いた。
「じゃ、行きますか!」
 エドワースに支えられながら、昇降口を登り、甲板に出る。すると丁度モンスターを退治し終えたのか、船員に囲まれるセシリアスタの姿が見えた。
「セシル様……」

「きゃ~! かっこいいわ!」
「素敵~!」
 レティシアが駆け寄る直前、少女と女性がセシリアスタの方目掛けて走り出した。セシリアスタを囲む船員を掻き分け、互いに腕にしがみ付きセシリアスタへと視線を向ける。
「やっぱり、あなたは私の夫に相応しい! 夫になって!」
「かっこ良かったわ! 助けられちゃった~! 今晩、お酒を奢らせてちょうだいな!」
 セシリアスタの両サイドで繰り広げられる光景。何だろ……またもやもやしてきた――。そう思ったレティシアの方を、女性が振り返った。セシリアスタの腕に胸を押し付け、此方に見せつけるように笑みを浮かべている。見ていたくない。見たくない。
 そう思った瞬間、レティシアはエドワースから離れ昇降口へと下りて行った。
「レティシア嬢!?」
 エドワースの声を聞きながら、一目散に船室へと走った。ベッドに倒れ込むと、カールが掛け寄り心配そうに鳴いた。そんなカールにも構ってやることが出来ない。何故だろう、もやもやが晴れない――。




「レティシア」
 先程まで船員に囲まれていたセシリアスタが、部屋に戻ってきた。うつ伏せにベッドに横になったままのレティシアに近付き、そっと隣に腰を下ろす。
「……私、なんだか変なんです」
「どういう風にだ?」
 言葉をかけられ、ぽつぽつと言葉を紡ぎ出す。この感情、何なんだろう――。
「セシル様が他の女性と一緒に居るだけで、胸の奥がこう、もやもやするんです……」
「そうか」
「はい……病気なんでしょうか」
 ちらりと視線だけをセシリアスタの方に向けるレティシア。セシリアスタを見ると、どこか嬉しそうな表情を向けていた。
「セシル様?」
「それは嫉妬だ、レティシア。君が抱いたのは、焼きもちというものだ」
 嫉妬……これがそうなのか――。スフィアにも抱かなかった感情。家族のことは仕方ないと諦めていた。だから、嫉妬なんてしたことがなかった。そうか、これが嫉妬、焼きもちというものなのか。
「では、私はあの女の子と女性に焼きもちを焼いていたということなんですね」
「ああ。君が焼きもちを焼いてくれるなんてね」
「落胆しましたか……?」
 目尻を下げ、自嘲しながら問うてみる。だが、セシリアスタは首を横に振った。
「逆さ。君がそう思ってくれたことが嬉しかったよ」
「何故? どうしてですか?」
 嫉妬が嬉しいだなんて、訳がわからない――。上体を起こしセシリアスタに向き直るレティシアに、セシリアスタは微笑んだ。
「君が私に言い寄る女性に焼きもちを焼いてくれたんだ。それだけ、私を好いてくれているということだろう? 嬉しいにきまっているさ」
「っ!」
 その言葉に、頬が紅潮した。そうだ、悔しかったのだ。セシリアスタにああも積極的になれる彼女達が羨ましく、そして同時に腹立たしくなったのだ。『私の夫なのに』と――。レティシアは頬に両手を当て、ベッドに潜ろうとした。だが、寸での所でセシリアスタに止められる。
「や、離してっ」
「恥ずかしがることはないさ」
「でも……っ」
 羞恥心をどうにか誤魔化そうとしたレティシアだったが、それも叶わない。セシリアスタはレティシアの頬にキスを落とし、そのまま唇を重ねた。セシリアスタは重ねた唇を一旦開放すると、レティシアをベッドに押し倒した。そして、再び唇を重ねた。重ねた唇を堪能すると、セシリアスタは上体を起こし、レティシアに手を差し伸べた。
「さあ、昼食を食べに行こう」
「……セシル様の意地悪……」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
 差し伸べられた手を取り、レティシアは体を起こす。そっとベッドから立ち上がると、手を繋いだまま船室から出た。
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