魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

船での出来事

 船酔いのだいぶ落ち着いたカイラと介助していたアティカ、護衛のエドワースと共に、船内の食堂に向かった五人。食堂は凄い活気と賑わいだった。
「凄いですね……」
「船旅はこんなものさ」
「そうなのですか?」
 見上げるレティシアに、セシリアスタは「ああ」と答えた。エドワースもうんうんと頷いている所を見るに、何時もの光景なのだろう。
「あ! さっきのイケメンじゃない!」
 駆け寄ってきたのは、先程セシリアスタの腕に絡みついていた女性だ。周りにカイラ達がいるのにも関わらず、セシリアスタの目の前まで来てにこやかに笑顔を向けてくる。また、もやもやしてきた――。
「さっきのお礼するわ! 一緒に食事を楽しみましょう♪」
 そう言って、セシリアスタの右手を掴みぐいぐいと引っ張る女性。嫌だ、連れて行かないで! そう思った瞬間、セシリアスタはレティシアの肩を抱き、ぐいっ、と抱き寄せた。
「前にも言った通り、妻と新婚旅行中だ。ご遠慮願おう」
「セシル様……」
 ぎゅっと抱き締められ、さっきまでのもやもやがスッとなくなっていく。女性は未だ何かを言おうとしていたが、周りの船員や乗客に止められた。
「姉ちゃん、新婚旅行の邪魔はいけねえ」
「そうだぜ。折角の旅行を台無しにする気かよ」
 そうだそうだ、と上がる声に、女性はフンッ! と鼻を鳴らしながら去って行った。ホッとしたレティシアを見つめながら、セシリアスタは他の乗客に礼を言っていた。
「助かった」
「いいってことよ。美人な嫁さんとの折角の新婚旅行何だろ? 楽しんでな!」
 そう言って貰えて、レティシアは嬉しくなった。私達、ちゃんと夫婦に見られているんだ――。
「さあ、空いている席に座ろう」
「はい」
「セシル、場所ならもう確保しておいたぞ~!」
 遠くから聞えたエドワースの声の方を向くと、既に五人分の席を確保してくれていた。女性とも離れた場所でホッとしながら、レティシアはカイラを心配しつつ、アティカの切り分けた大きな魚の丸焼き舌鼓していた。





 昼食後、穏やかになった船の揺れを堪能しながらカールと共に甲板に出ていた。セシリアスタには許可も取ってある。端の方で潮風に当たりながら海を眺めるのは、とても気分が良かった。

「ちょっと」

 声に振り替えると、何度もセシリアスタにちょっかいを掛けている女性だった。なんだか邪な気配がする。
「あの、何でしょうか?」
「あんた何様なの? あのイケメン、あたしが目を付けたのに何度も邪魔してきてさあ……鬱陶しいんだけど」
 突然の発言に、レティシアはムッとした表情になった。鬱陶しいのはそっちだというのに――。
「私はあの人の妻です。一緒に居るのは当然です」
「キュウキュウ!」
 カールもレティシアの腕の中で威嚇する。レティシアの言葉を聞き、女性は目を瞬かせた後すぐに笑い出した。
「な、何がおかしいんですか!」
「あんたなんかが妻ぁ? 不釣り合いにも程があるでしょ! あははは!」
 一思いに笑った後、突如レティシアの方に歩み寄り、レティシアのことを後ろに押し出した。
「な、何をするんですかっ」
「あんたが居なくなれば、あの人はフリーになる……そしたらあたしの色香でいちころよ。あんたは大人しく、海の魔物の餌になりなさいよ!」
 ドン、と押し飛ばされ、あ、と思った時にはカールと共に海に放り投げられた。勢いよく海に落ち、泳げないレティシアは何とか顔だけでも沈まないようにと藻掻いた。
「あははははは! じゃあね!」
 落ちたことを確認すると、女性はその場を離れて行っていまった。カールを抱きながら必死に藻掻くが、息が上手く吸えない。カールを頭に乗せ、懸命に足をばたつかせ溺れないように藻掻くが、初めての海で泳ぎ方も知らないレティシアは、次第に沈んでいった。
「キュウーーーーーー!!」
 もうダメ――。そう思った瞬間、カールが大きな声で鳴き出した。上空から下りてきたセシリアスタがレティシアとカールを海から引き揚げ、抱き留める。そのまま船へを飛び、抱き締めたまま甲板へと降り立った。
「けほ、けほっ」
「レティシア、大丈夫か!?」
「はい、なんとか……」
 濡れるのを覚悟で抱き締めるセシリアスタに、レティシアは霞む意識で答える。カールはセシリアスタの足下でブルブルと体を震わせ、水滴を払っていた。船員達も心配そうに近付いてくる。
「お嬢さん、大丈夫かい」
「一体何があったんだい?」
「ありがとうございます。その、突き落とされて……」
 事の経緯を話すと、船員達が件の女性を連れてきた。急に拘束されてご機嫌斜めのようだった。
「貴様が妻を海に突き落としたのか」
「はあ!? そんなのやってないわよ!」
「レティシア、こいつで間違いないか?」
 セシリアスタの問いに、素直に頷く。船員達はレティシアの返答を聞くと、何も言わず女性を引き摺っていった。
「ちょっと! あたしは客よ! こんなことしていいと思っているの!?」
「他のお客さんに迷惑かける奴は、この船じゃ客じゃねえ。牢屋に入って貰う」
「はあ!? ちょ、待ってよ!」
 有無を言わさず、女性は引き摺られていった。その光景を見ながら、レティシアは小さくくしゃみをした。
「まずは風呂だな。部屋に戻ろう」
「すみません……」
「君が謝ることはない」
 横抱きに抱えられながら、船室に戻る。
「そうだ、一緒に入ってしまおうか?」
「へっ!?」
 突然の言葉に、レティシアは顔全体が一気に赤く染まる。昼間からセシリアスタの裸なんて見たら、恥ずかしくて憤死してしまいそう――。あたふたするレティシアに苦笑しながら、セシリアスタは「冗談だよ」と微笑んだ。
「もうっ、セシル様ったら!」
「はは」
 横抱きに抱えられながら、ぽかぽかとセシリアスタの胸を軽く叩くレティシア。そんな可愛らしい行動に、セシリアスタは再び笑みを浮かべた。
 その後、すぐさまセシリアスタはカイラとアティカを呼び、入浴することになった。カールも塩水でべたべただったため、一緒にお風呂に入ることとなる。セシリアスタはというと、着替えを持ち、隣のエドワースの部屋にシャワーを借りに行ったのだった。
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