魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される2

新たなる令嬢と令息

 森の中に、また銃声が聞こえた。何かを追っているのだろうか――。そう思ったレティシアの前に、一匹の動物が現れた。
「きゃっ」
 急には止まれず、その小さな動物とぶつかる。少しばかり後退り目の前を確認すると、傷付いた緑の大きなリスのような動物が此方に向かって威嚇をしていた。額の赤い石は濁り、長いふさふさの尻尾を膨らませ、尖った耳は垂れている。威嚇しているというより、怯えているようにも見えた。後ろ脚からは血が滲んでおり、痛々しい状態だ。
「大丈夫?」
 手を伸ばすと、その動物は威嚇してきた。だが、地面に滴れる血の量からして、傷口は深い。早く看てあげねば、取り返しのつかないことになる。レティシアは微笑み、地べたに脚をつけて目線を少しでも同じくらいにした。
「大丈夫よ。あなたに危害を加えたりしないわ。だから、傷口を診せてほしいの」
 そっと手を伸ばすと、勢いよく噛みつかれた。咄嗟の痛みに手に力が入ったが、安心させようと力を抜き、じっと微笑みながら待った。
 すると、動物は大丈夫と判断したのか、手から口を放し、レティシアの手の傷口を舐めだした。
「ありがとう。さあ、傷を診せてね」
 そっと抱き上げ、傷口を看る。銃弾が掠っただけで、銃弾が体に入っているようではなかった。癒してあげたい。辛そうに呼吸をするこの子を助けてあげたい――。そう思うと、自然と体が光りだした。

「何ですの?」
 漸く追いついたメルヴィーが見たのは、体の光り出したレティシアと、腕の中で苦しそうにしていた動物がレティシアの光に包まれ、元気を取り戻した姿だった。
「キュウ」
「あ……」
 顔色が良くなってる――。怪我も、何故か塞がっている。魔法が、使えたのだろうか?
「レティシア様」
「あ、メルヴィー様」
 メルヴィーは考えていた。たとえ魔力(オド)が多くとも、魔法の使えない『不良品』と周りから言われている人よりも自分の方がセシリアスタ・ユグドラスに相応しいと。だが、今のは確かに魔法だった。それも、本来ならば使えない古代魔法の部類だ、と。完敗だと、そう思った。
「今までの無礼、申し訳ありませんでした」
 深々と謝罪するメルヴィーに、レティシアは突然のことで慌てだす。
「顔を上げてくださいっ、私は大丈夫ですから!」
「私、あなたのことを見下しておりましたわ。ですから、これは当然のことですわ」
「そんな……でも、ライバルならそんなことしないでください」
 そうだ、ライバルなのだ。だからお辞儀なんてしないで欲しい。そう言うが、メルヴィーは変わらず頭を下げたままだ。
「もう、ライバルではありませんわ。……私に、そのような資格はなかったのですから」
「メルヴィー様……」
 なら、とレティシアは口を開いた。
「その……お友達になってください」
「え?」
 思いもよらなかった言葉に、メルヴィーは顔を上げた。お友達、それはレティシアが、ずっとずっと欲しかった存在だ。
「私の、初めてのお友達になって欲しいです」
 その言葉に、メルヴィーは笑った。まさか、友達と言われるとは思ってもみなかったようだ。
「……なら、ライバルからお友達に変更ですわね」
「……はいっ!」
 嬉しくて、レティシアは笑顔を向けた。そんなレティシアに、メルヴィーも笑顔を向けていた。



「……ねえ」
 突然、背後から声を掛けられる。すぐさま振り返ると、馬に乗った少女が銃を構えていた。



 銃を構える少女は、レティシアの腕の中の存在に気付くとニィッと笑みを浮かべた。その笑顔が恐ろしく感じ、レティシアは腕に力を籠めた。
「それ、あたし達の獲物なんだよ。返して」
 そう言いながら馬から降りてくる少女とレティシアの間に、メルヴィーが割り込んだ。
「あなた、それは紛れもなく猟銃ですわよね? ここは禁猟区です。たとえ地元の者でなくとも、それなりの処罰を受けて貰いますわよ」
「はあ? あんた邪魔」
 言葉の後、少女はメルヴィーに向って手を振り払った。すると、メルヴィーの体が吹き飛んだ。
「くっ……」
「メルヴィー様!」
 恐らく、エンチャント魔法を使ったのだ。そうでなければ、メルヴィー程の実力者が吹き飛ぶはずがない。
「ねえ」
「っ」
 レティシアの目の前に、少女が佇む。手を差し出され、「早く」と急かされる。だが、腕の中の子は震えている。渡す訳には、いかなかった。
「……渡せません」
「は?」
「嫌がるこの子を、あなたに渡す訳にはいきません!」
 その言葉に、少女の顔が歪む。手を振り上げられ、咄嗟に腕の中の子を庇うようにして目を瞑る。その時。
「ビビアナ。見つかったか」
 知らない男の声が聞こえた。そっと目を開けると、目の前にまた猟銃を持ち馬に乗った青年が現れた。
「こいつが放さない。……て、コイツ、不良品じゃんか」
 レティシアのことを知っているのか、少女は顔を近づけてくる。
「……決めた。ねえ、そいつ諦めてやるからさ、離婚しろよ」
「……え?」
「魔導公爵はあたしのだ。お前は邪魔なんだよ、不良品」
 突然何を言い出すの、この子は――。意味がわからない。この子を諦める代わりに、セシル様と別れろ?そんなの、勝手すぎる。
「私は、どちらも諦めません」
「……は?」
 再び、少女の顔が歪みだす。それでも、これだけは譲れない。
「この子も、セシル様も、私は諦めませんっ」
 そう、叫んだ。

「……素敵だ」
 突然、だんまりだった青年が呟く。青年に視線を向けると、レティシアを見る目が違った。
「君は素敵だ。それは諦めるし、妹も連れて行こう。その代わり、私と二人きりで食事でもどうかい?」
 そう言って、馬から降りレティシアに近付いてくる青年。レティシアは気を失っているメルヴィーのことも気がかりだった。だが、この少女よりは話の分かりそうな青年に向けて、言葉をかける。
「ここは禁猟区です。あなた方のしていることは、犯罪ですよ」
「猟をしていたのではないよ。逃げたそいつを追いかけていただけさ」
「それでも、猟銃を使っている時点で密猟と同じです」
 そう言うと、青年はレティシアに顔を近づけ、にこりと微笑んだ。
「君が黙ってくれればそれで済む」
 そう答える青年に、レティシアは本気で言っているのだと直感した。どうするべきか、そう考えている内に手を取られ、手の甲にキスをされる。
「その真っすぐな瞳も美しい……私の妻になって欲しい」
「っ、離して!」
 悪寒がして、手を振り払う。レティシアの腕の中にいる動物も威嚇しだす。
「私には夫がいます」
「そんな男よりも、僕の方がいいに決まっている」
「そうそう、大人しく離婚しろよ不良品。お前なんか相応しくねえんだよ」
 少女も加わり、レティシアは後ろに一歩分だけ後退る。
「さあ、選んでくれ。その生き物をこちらに返すか、僕と結婚するか」
「選べよ。そいつをこっちに渡すか、魔導公爵と別れるか」
 二人の訳の分からない選択肢に、レティシアは首を横に振った。
「どちらもお断りですっ」
「なら、その顔がぐちゃぐちゃになるまで殴ってやるよ。そうすれば魔導公爵も別れるって言いだすだろ。そうすれば……あはは! あたしのものだ!」
 手を振り上げられ、腕の中の子を庇いながら目を瞑る。その時、背後から声がした。
「私の妹に手をあげたら、容赦はしないわよ」
 その声に振り返り、レティシアは安堵した。背後には、ディアナとトリアが立っていた。


「これはこれは、オズワルト伯爵夫人」
「ここはジェーン伯爵家の管理する森よ。そこで猟銃を持っているなんて、捕まってもおかしくはないわよ」
 ディアナの言葉に、流石に分が悪くなってきたと判断した二人は、舌打ちをしながら無言で馬に乗り駆けて行った。その後ろ姿を見ながら、ディアナは溜息を吐いた。
「メルヴィー!」
 トリアが慌ててメルヴィーの側に駆け寄る。レティシアも、急いで駆け寄った。
「メルヴィー様!」
 頭部からの出血は無い。だが、気を失っている以上、危険な状態だ。友達の為に、もう一度、もう一度だけ、魔法よ出て! そう願うと、体が先程同様に光り出し、その光がメルヴィーを包み込んだ。
「う……」
「メルヴィー!」
 トリアの声に、メルヴィーは目を覚ます。ホッとした瞬間、レティシアの意識が暗転した。
「レティシアちゃん!?」
 翳む意識でディアナが駆け寄ってくるのを見ながら、レティシアは意識を手離した。
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