あいつは微笑みながら一度だけ嘘を吐く
あいつは微笑みながら一度だけ嘘を吐く
オレは現在進行形で恋をしている。
脳裏に過るのはいつも決まってあいつの笑顔だった。
同じ日の同じ病院で生まれ、家が隣同士であったことから子供の頃から家族ぐるみの付き合いをし、オレ達は兄妹同然に育ってきた。
最初に抱いた感情は友情。家の隣に良い遊び相手がいて毎日が楽しいと子供の頃は思っていた。
しかし、年齢を重ねていく内に友情が好意となり、恋に昇華するのにさほど時間はかからなかった。
オレは幼稚園を卒園して小学一年生になった時には、既にあいつのことを異性として意識し始めていた。その時はまだ胸の奥底から湧き上がる熱い感情の正体が分からずにいた。
でも、小学校を卒業する時には、オレはあいつのことが大好きなんだな、と、ある日突然気付いてしまった。
兄妹同然に育って来たのに、もしかしてオレは頭がおかしくなってしまったんだろうか?
もし、この想いをあいつに伝えた時、オレ達の関係はどうなってしまうんだろうか、と不安に苛まれてしまった。
結局、中学に上がってもオレは後一歩の勇気を出すことが出来ず、兄妹のような幼馴染みの関係を維持し続けて来た。
しかし、そんなある日のことである。
あいつが学校で誰かに告白されたって話を聞き、オレは居ても立っても居られなくなってしまった。
いつもの様に二人で下校している時、オレは思い切ってあいつに告白した。
「由香、オレ、お前のことが好きだ、大好きなんだ! だから、オレと付き合ってくれないか?」
その時のオレの心臓は誰かが和太鼓でも連打しているかのように激しく鳴り響いていた。顔に熱を帯びるのを感じ、足が、手が震えるのが分かった。
あいつは一瞬、呆気にとられた後、目を細めながら口元に薄く笑みを浮かべた。
「あら、そうなの? なら、今から私が出すクイズに正解出来たら考えてあげてもいいよ?」
あいつは嬉しそうに頬を染めると、オレの目を覗き込んで来る。
「今から私は一度だけ嘘を吐きます。さて、どれが嘘でしょうか?」
オレは息を呑むと、ただ頷いて見せた。緊張のあまり声が出なかったのだ。
「もう一度確認するわね。今から私は一度だけ嘘を吐きます。いい? じゃあ、いくよ?」
あいつは一度だけ深呼吸をすると、微笑みながら話し始めた。
「1、私は君のことが大嫌いです。
2、一緒にいるのも嫌です。
3、こうやって話すのも苦痛。
4、結婚して死ぬまで一緒にいるなんて想像するだけで死にたくなるわ。
……さて、どれが嘘?」
その瞬間、オレは全身から力が抜け落ち、ガックリと膝から地面に崩れ落ちそうになってしまった。
全身を衝撃が駆け巡った。もしかしたら拒絶されるかもと多少は覚悟していたのだが、まさかここまでとは思いもよらなかった。
オレは瞬時にどれが嘘なのかを見抜くことが出来た。大きく息を吸った後、オレはあいつの瞳を見つめながら叫んだ。
「それってOKってことでいいんだな!?」
絶叫にも似たオレの声が周囲に響き渡った。
「答えがまだよ?」
あいつは呆れたような顔で嘆息しながら呟く。
「もう出ているじゃねえか。答えは『一度だけ嘘を吐く』って部分だろ?」
オレは不敵にほくそ笑んだ。考えるまでもない。選択肢に上がった数字の1から4まで全て嘘だと分かったからだ。
なら、嘘は最初の一度だけ嘘を吐くという部分しかないという確信に至ったのだ。
「呆れた。本当に私が君のことを嫌っているって思わなかったわけ?」
「それは無い。だってお前がオレのことを嫌っているわけがないからな」
「大した自信ね。でも、危なく後もう少しで、本当に君のことを嫌いになるところだったのよ?」
予想外のあいつの言葉に、オレは一瞬だけドキリとした。
「だって、いつまでたっても私に告白してくれなかったから」
あいつは、はにかみながらそう呟くと、たちまち破顔する。
「大正解よ。今から君の彼女になってあげるわ。死ぬまで一緒にいてあげるから覚悟するように」
それってもしかしてプロポーズの言葉か? などと思いつつもオレの心は熱いもので満たされた。
「これからもよろしくね」
あいつは微笑みながらオレに手を差し伸べて来た。
そして、オレはその手を優しく掴む。
しかし、その手は冷たかった。
オレは目頭が熱くなるのを感じ、必死に涙の氾濫を堪えた。
目の前にはベッドに横たわった愛妻の姿が見えた。
いつの間にあいつはこんなにも老いてしまったんだろうか、と心の裡で呟きながらオレは必死に笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい、あなた……。私、嘘を吐いてしまいましたね?」
「何のことだ?」
「死ぬまで一緒に居てあげられなくてごめんなさい。先に逝きます……」
それは幻。
既に愛妻は何日も前に旅立ち、あいつは小さな箱の中に入ってオレの手の中に居る。
「嘘なんかじゃない。だってお前はまだオレの側にいるんだから」
オレは死ぬまでお前を離さない。
だから、その時が来たら一緒に逝こう。
オレは小さくなってしまったあいつを、いつまでも抱き締め続けるのであった。
脳裏に過るのはいつも決まってあいつの笑顔だった。
同じ日の同じ病院で生まれ、家が隣同士であったことから子供の頃から家族ぐるみの付き合いをし、オレ達は兄妹同然に育ってきた。
最初に抱いた感情は友情。家の隣に良い遊び相手がいて毎日が楽しいと子供の頃は思っていた。
しかし、年齢を重ねていく内に友情が好意となり、恋に昇華するのにさほど時間はかからなかった。
オレは幼稚園を卒園して小学一年生になった時には、既にあいつのことを異性として意識し始めていた。その時はまだ胸の奥底から湧き上がる熱い感情の正体が分からずにいた。
でも、小学校を卒業する時には、オレはあいつのことが大好きなんだな、と、ある日突然気付いてしまった。
兄妹同然に育って来たのに、もしかしてオレは頭がおかしくなってしまったんだろうか?
もし、この想いをあいつに伝えた時、オレ達の関係はどうなってしまうんだろうか、と不安に苛まれてしまった。
結局、中学に上がってもオレは後一歩の勇気を出すことが出来ず、兄妹のような幼馴染みの関係を維持し続けて来た。
しかし、そんなある日のことである。
あいつが学校で誰かに告白されたって話を聞き、オレは居ても立っても居られなくなってしまった。
いつもの様に二人で下校している時、オレは思い切ってあいつに告白した。
「由香、オレ、お前のことが好きだ、大好きなんだ! だから、オレと付き合ってくれないか?」
その時のオレの心臓は誰かが和太鼓でも連打しているかのように激しく鳴り響いていた。顔に熱を帯びるのを感じ、足が、手が震えるのが分かった。
あいつは一瞬、呆気にとられた後、目を細めながら口元に薄く笑みを浮かべた。
「あら、そうなの? なら、今から私が出すクイズに正解出来たら考えてあげてもいいよ?」
あいつは嬉しそうに頬を染めると、オレの目を覗き込んで来る。
「今から私は一度だけ嘘を吐きます。さて、どれが嘘でしょうか?」
オレは息を呑むと、ただ頷いて見せた。緊張のあまり声が出なかったのだ。
「もう一度確認するわね。今から私は一度だけ嘘を吐きます。いい? じゃあ、いくよ?」
あいつは一度だけ深呼吸をすると、微笑みながら話し始めた。
「1、私は君のことが大嫌いです。
2、一緒にいるのも嫌です。
3、こうやって話すのも苦痛。
4、結婚して死ぬまで一緒にいるなんて想像するだけで死にたくなるわ。
……さて、どれが嘘?」
その瞬間、オレは全身から力が抜け落ち、ガックリと膝から地面に崩れ落ちそうになってしまった。
全身を衝撃が駆け巡った。もしかしたら拒絶されるかもと多少は覚悟していたのだが、まさかここまでとは思いもよらなかった。
オレは瞬時にどれが嘘なのかを見抜くことが出来た。大きく息を吸った後、オレはあいつの瞳を見つめながら叫んだ。
「それってOKってことでいいんだな!?」
絶叫にも似たオレの声が周囲に響き渡った。
「答えがまだよ?」
あいつは呆れたような顔で嘆息しながら呟く。
「もう出ているじゃねえか。答えは『一度だけ嘘を吐く』って部分だろ?」
オレは不敵にほくそ笑んだ。考えるまでもない。選択肢に上がった数字の1から4まで全て嘘だと分かったからだ。
なら、嘘は最初の一度だけ嘘を吐くという部分しかないという確信に至ったのだ。
「呆れた。本当に私が君のことを嫌っているって思わなかったわけ?」
「それは無い。だってお前がオレのことを嫌っているわけがないからな」
「大した自信ね。でも、危なく後もう少しで、本当に君のことを嫌いになるところだったのよ?」
予想外のあいつの言葉に、オレは一瞬だけドキリとした。
「だって、いつまでたっても私に告白してくれなかったから」
あいつは、はにかみながらそう呟くと、たちまち破顔する。
「大正解よ。今から君の彼女になってあげるわ。死ぬまで一緒にいてあげるから覚悟するように」
それってもしかしてプロポーズの言葉か? などと思いつつもオレの心は熱いもので満たされた。
「これからもよろしくね」
あいつは微笑みながらオレに手を差し伸べて来た。
そして、オレはその手を優しく掴む。
しかし、その手は冷たかった。
オレは目頭が熱くなるのを感じ、必死に涙の氾濫を堪えた。
目の前にはベッドに横たわった愛妻の姿が見えた。
いつの間にあいつはこんなにも老いてしまったんだろうか、と心の裡で呟きながらオレは必死に笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい、あなた……。私、嘘を吐いてしまいましたね?」
「何のことだ?」
「死ぬまで一緒に居てあげられなくてごめんなさい。先に逝きます……」
それは幻。
既に愛妻は何日も前に旅立ち、あいつは小さな箱の中に入ってオレの手の中に居る。
「嘘なんかじゃない。だってお前はまだオレの側にいるんだから」
オレは死ぬまでお前を離さない。
だから、その時が来たら一緒に逝こう。
オレは小さくなってしまったあいつを、いつまでも抱き締め続けるのであった。