ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
それが昨日の出来事によって、突然の放置だ。
朝、クロエが目が覚めて、洗顔がしたいとベルを鳴らしても誰もやって来ない。廊下に出て近くの者に声をかけても返事がかえって来ないどころか、クロエのことを一顧だにもしなかった。
仕方なく彼女は寝衣にカーディガンを羽織った姿で、メイドたちのいる部屋へ向かう。
部屋の扉をノックして入室の許可を貰い、足を踏み入れると、それまでかしましくお喋りに興じていたメイドたちが、急にしんと静まり返った。皆、一様に顔が強張って、誰もがクロエのほうを見ようとはしなかった。
「ねぇ、洗顔用のお湯を頂戴したいのだけれど……」と、彼女は重苦しい空気にやや呑み込まれながら控えめに尋ねた。
しかし……返事はない。
不審に思ったクロエがもう一度声をかけても、彼女たちは無言を貫いた。そして、誰からか再びお喋りに興じはじめる。
「…………」
クロエはしばし呆然と立ち尽くしたあと、井戸へ向かった。その場で冷水を汲んで顔を洗う。本当は温かい湯が欲しかったのだが、貴族令嬢の彼女には火のくべ方が分からなかった。
「教えて欲しい」と懇願しても、誰一人振り向いてくれない。無礼を承知で袖を掴んで呼びかけても、目も合わせてくれなかった。