ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「図書室の鍵を開けてくれないかしら?」
彼女は部屋全体に聞こえるように、努めて大きくはっきりと言った。
庭師たちに声がけをしたときは、外の空気に掻き消されて聞こえなかったのかもしれない。
だから、室内なら反響して聞こえるはず。それに敢えて大声も出したのだし、これなら答えてくれるはず。
「…………」
「…………」
室内には、さらさらと紙にペンを走らせる音だけが鳴っている。時折、打ち合わせと思われる話し声。
クロエだけ見えない壁に隔絶されたみたいに、入口に突っ立ていた。
「ねぇ、聞こえてる? 図書室に入りたいの。お願い!」
もう一度、声を上げる。今度はさっきよりも一段と大きな音量だ。
しかし……彼らから返事は来なかった。
主人であるはずの彼女の顔を見もせずに、まるで端からここにいないかのように、いつもの仕事だけを進めている。
少し待っても返事は来なかったので、今度こそはと近くの執事の席まで行って、ドンと両手で叩いてから声を発した。
「図書室の鍵を開けてくれない?」
「…………」
眼前の執事は、クロエの顔も見ずに出し抜けに立ち上がって「そろそろ日用品の扱う商人が来るので迎えに行って参ります」と、部屋を出る。それだけだった。
にわかに、クロエは恐ろしくなった。
足がすくんで背中にぶるりと悪寒が走る。
(なんで……皆、答えてくれないの……?)
メイドも、料理人も、庭師も、執事も……誰も彼女の訴えに振り向かない。見ない。答えない。
まるで、世界中の果てに置いていかれたような、酷く心細い孤独感を覚えた。