ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
◆◆◆
「どういうことですか、殿下」
ユリウスがクロエを見送ると、背後から一人の青年が渋面を作って側に来た。
彼の名前はリチャード。ユリウスの側近兼護衛だった。
「どういうことって、なにがだよ」とユリウス。その声音はクロエに対してとは打って変わって、厳しさを帯びていた。
「なぜ、ミドルネームを名乗ったのです? 男爵令息という設定でしたよね」
「あー……忘れてた」
「殿下」
「別に構わないだろう?」
「いけません。良いですか、遊学は秘密裏にという陛下との約束です」
「分かってるよ」と、彼――ローレンス・ユリウス・キンバリーはむっと口を尖らせる。
その子供っぽい姿に、リチャードはうんざりとした様子で肩をすくめた。
ユリウスは、キンバリー帝国の第三皇子だった。
帝位も継がず比較的自由な立場の彼は、各国を遊学している最中だった。
彼はジョン・スミス男爵令息と名乗って、辺境から王都にやって来た田舎者という「設定」で、異国の生活を満喫していたのだ。
彼が重視しているのは図書館だ。そこには、各国の叡智が詰まっている。
だから外国へ赴いた際は、基本的には図書館で読書に耽ってた。
「彼女……クロエには、嘘をつきたくなかったんだよ」と、彼は呟いた。