ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜

(あと少し……もうちょっと……よしっ)

 クロエが箱に手を触れた、そのときだった。
 にわかに背後の扉が勢いよく開けられたと思ったら、ブン――と、なにかが投げ付けられるような鈍い音がした。

「えっ……?」

 驚いたクロエが顔を上げると、ぼうぼうと紅い炎を揺らす松明が、母親のドレスの上に転がっていたのだ。

「お母様のっ!!」

 炎はみるみる広がっていく。母のドレスはどんどん紅に呑み込まれていって、そして今度は黒くなった。

(火の勢いが激しい……! これは、魔法……?)

 彼女はしばし呆然としていたが、はっと我に返る。
 今は、考えている暇はない。早く火を消さなければ。

「誰か! 火事よ、来て! 誰か――きゃあぁぁっ!!」

 そのとき、炎に炙られた母の持ち物が崩れて、彼女を襲った。

「うっ……!」

 彼女は雪崩に巻き込まれて、その場に下敷きになってしまった。
 慌てて起き上がろうとしたが、左脚が挟まって、動けない。

(動いて! 動いて!)

 身体をよじらせて、必死にもがく。
 だが、彼女の脚は、まるで獣からがしりと強く噛まれているかのように、微動だにしなかった。

 その間も火は燃え広がって、煙が充満する。呼吸が苦しくなった。じわじわと周囲の熱が上がって、焦燥感で背中が凍り付く。

(お願い……! 誰か……!)

 バチバチとなにかが弾けるような大きな音が聞こえだした。がらりと崩れるような音。脚が痛む。
 だんだんと意識が遠のいていくような気がした。

(お母様…………)
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