ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
それから、どれくらい時間がたっただろうか。
突如、ぎしぎしと音が鳴ったかと思ったら、にわかにそれは大きくなって、彼女の背後の荷物が崩れた。
「きゃああぁっ!」
彼女の身体に黒焦げた母の思い出が襲いかかる。全身を強く叩き付けられた。
「っ……」
不幸中の幸いか、肉体を殴打したものの、あんなに身動きできなかった左脚はすっぽりと抜けて、彼女の身体は自由になった。
おもむろに、立ち上がる。
「っいっ……!」
ずきりと左脚に鋭い痛みが走った。全身がぎゅっと絞られるみたいに痛かった。
振り返ると、母の思い出はほとんど焼け焦げて、もはや原型を留めていなかった。
嗚咽した。
膝を崩して、泣いて泣いて、涙が枯れそうになるまで泣いた。
でも、現実は変わらない。
もはや諦念が心を支配して、彼女は無感情に、再び立ち上がる。
「……!」
ふと、彼女の目に刺繍箱が飛び込んで来た。夢中でそれを腕に抱える。ずっかり煤けてしまった箱だったが、奇跡的にも中身は無事だった。
(良かった……これでユリウスに刺繍入のハンカチを贈れるわ……)
クロエは、母の思い出に名残惜しさを覚えながらも、いつまでもここに居ても仕方がないと、物置から出て行った。
身体中がきしんで、酷く痛かった。