ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜

32 生まれて来なければ良かったのです

 クロエは屋敷を飛び出した。

 無我夢中で走った。屋敷の裏口から、小道を通って大通りへ、図書館へ繋がる道へ。
 なにも考えずに、ただひたすら、全速力で、走っていた。

 雨が降り出した。
 はじめはぽつぽつと小雨が、やがて大粒になって、彼女の頬を叩いた。

 ――ただの、ゴーストだろう?

 卒然と、スコットの……元婚約者の声が頭に響く。
 それは貼り付く粘膜のように、ぬるぬると彼女の心を暗く支配していった。

 なんで、こんなことになったのだろう……。

 彼にだけは信じて欲しかったし、話を聞いて欲しかった。ちゃんと向き合えば、分かり会えるはずだった。
 だって、これまでも、嬉しいことも悲しいことも、ずっと二人一緒に乗り越えて来たのだから。

 でも……もう昔の彼は、どこにもいないのだ。

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