ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
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「クロエ……!?」
ユリウスがぼんやりと馬車の中から外を眺めていると、前方に人影が浮かんできたと思ったら、びゅんと風のように過ぎ去って行った。
激しい雨が窓を打って、はっきりとは見えなかったが、その人物はクロエのような気がした。
同時に、どことなく胸が不穏に侵食されて、すぐに追わなければと感じたのだ。
「おい、止めてくれないか。クロエがいた」と、彼は前に座る従者のリチャードに言う。
「いけません、殿下。これから領事館の大使と面会ですよ」
しかし、彼は主の願いをぴしゃりと跳ね除ける。
「だが、クロエが……こんな雨なのに、風邪でもひいたらどうするんだ!」
ユリウスは食い下がるが、職務に厳格な側仕えは、頑として首を縦に振らなかった。
今日は、この国にある帝国領事館の責任者との会談だ。皇子の秘密裏の留学を無事に果たせるためには、どうしても協力者が必要だった。だから、皇子のために大使が水面下で働いてくれていたのだ。
そんな重要な人物との面会をすっぽかすなんて、ありえない。