ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「あっ、その前に旦那様に報告しなければなりませんね。お嬢様のこと、心配しておりましたから――」
「やめてっ!!」
思わず、大声を上げた。マリアンは驚いたように目を丸くして、ぱちくりと主人を見つめている。
しばらく、水を打ったような静寂が、二人の間に落ちた。
「ごめんなさい……」数拍してクロエが口火を切る。「まだ体調が万全でないから、人と会う気分じゃないの……」
「そう、ですか」と、マリアンは頷いたが少し戸惑った。
さっきは婚約者に会いに行くと言ったのに、父親との面会は「人と会う気分じゃない」と拒否。
やはり、母親の死が未だに尾を引いているのだろうかと、胸が痛んだ。
侯爵と侯爵夫人はずっと不仲で、その影響で侯爵はもう長いあいだ娘とも活発な交流を取っていなかった。
だから、積み重なったわだかまりが母の死によって爆発して、こんなにも頑なに拒んでいるのだろうか。
「承知しました。旦那様にはまだ黙っておきましょう」と、彼女は片目を瞑る。
クロエは一安心してふっと軽く息を吐いて、
「放っておいたら、いつか気付くでしょう、あの人も」
軽く肩をすくめた。マリアンは微苦笑する。
「では、私はお医者様を呼んで参りますので。お嬢様、くれぐれも安静にしておいてくださいね」
「分かったわ。ありがとう」