ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「マリアン、お茶の準備を」
クロエは、侍女に指示をする振りをして、婚約者からさり気なく離れた。はにかむような微笑を浮かべて、照れている風の演技をする。
「クロエ、病み上がりなのに、ゆっくりお茶なんてしてもいいの? 無理していないか?」
「大丈夫よ。せっかく婚約者が心配して来たのですもの。精一杯のおもてなしをさせてね」と、彼女はくすりと笑ってみせた。
本音を言うと、すぐにでも追い返したかった。彼とはもう喋りたくないし、顔も見たくなかった。
婚約だって、すぐにでも破棄したい。
しかし、これまでの「クロエ」だったら、婚約者が自分のもとへやって来たら、どんなに体調が悪くとも笑顔で歓迎しただろう。だから、我慢して演じ切らなければ。
スコットが右手を差し出す。テーブルまでエスコートをしてくれるようだ。
クロエは不快なあまり顔を引き攣りそうになるが、気合いで笑顔を表層に貼り付けて、彼の手に自身の手を重ねた。