ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「これ?」クロエはくすりと笑う。「お父様から屋敷の管理を任せてもらえるようになったの。だから、女主人らしい格好をすることにしたのよ。素敵でしょう?」
「君は……」
スコットは押し黙った。悲しみで胸が張り裂けそうだった。
目の前の婚約者は、まだ母親の死から立ち直っていない。それで、無理をして大人になろうとしているのだろう。傷付いた心に蓋をするように。
婚約者が未だ苦しみから逃れられないでいる。……そう思うと、自分がこの手で彼女を悲しみの海から救ってやらなければ、と強く決意した。
「クロエ、どうか一人で抱え込まないでくれ」
スコットはソファーから立ち上がって、クロエの前にやって来た。
そして、
「っつ……!?」
またもや、愛しの婚約者をふわりと優しく包み込むように、抱きしめる。
「僕は、いつだって君の味方だから。僕だけは……絶対に」
――ただの、ゴーストだろう?
あの忌々しい呪いの言葉が、再び彼の言葉と重なった。
「やめてっ!!」
思わず力いっぱい彼を払いのける。
勢い余って、右手でティーカップまで叩いてしまった。
――ガシャンッ!
カップは床に落ち、悲鳴のような激しい音を立てて割れた。
「まぁっ! お嬢様、大丈夫ですか!? スコット様も、お怪我は?」
放心状態の二人の間にマリアンが割って入って来た。
激しく拒絶をして、なんて言い訳をしようかと、気まずさに耐えきれなかったクロエは、密かに胸を撫で下ろす。
「今、片付けますね」と、マリアンはメイドとともに急いで割れたカップと水浸しの床を掃除し始める。
「あ……ありがとう、マリアン」
スコットにどう向き合って良いか困り果てたクロエは、その様子を不安そうな顔をして眺めていた。
ちらりと婚約者のほうを見やると、彼は茫然自失と立ち尽くしていたのだった。