ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜

2 大好きな婚約者でした

「お父様ったら、酷いの」

 新しい妻と娘を屋敷に迎え入れる――父親からそう告げられたとき、クロエ・パリステラは動揺を隠せなかった。

 大好きだった母親が死んでからちょうど半年。
 まだ少し幼さの残る彼女には父親の横暴が理解できずに、困惑と怒りと悲しみを胸に抱えて、気が付くと婚約者であるスコット・ジェンナー公爵令息のもとへと向かっていたのだ。

「お屋敷にあるお母様の持ち物も全て物置に仕舞ったし、お父様にとってお母様はもう要らない過去の人間なのかしら……」

 甘いミルクティーのカップにぽとりと一雫の涙が落ちる。
 たった一滴……表面にゆらりと波紋が広がって、やがて消えた。

 テーブル越しに座っていたスコットはメイドに替えのお茶を淹れるように指示をしてから、やおら立ち上がって愛しい婚約者の隣にそっと座った。

「泣かないでくれ、クロエ。君が泣いていると僕も悲しくなる」と、彼はクロエの髪を優しく撫でる。

 大好きな婚約者から触れられると途端に胸が温かくなって、母の死からずっと心の下に重く沈んでいた「喜び」という感情も、ふわりと浮かんでくる。

 クロエは涙を抑えようと目尻にハンカチを当てた。するとシルクの布の向こうのスコットの柔和な顔と目が合って、互いに微笑み合った。

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