ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
クロエはすっと軽く息を吸ってから、
「お継母様とコートニーはまだ貴族生活が浅いのでご存知ないかもしれませんが……」
彼女の淀みのない堂々たる声が響く。
勝ち誇ったような顔の母娘と絶望的な表情のスコットは、自然と注目した。
「貴族の婚姻とは、家と家の繋がりなのです。その中には、政治的な意味も含まれます。ですので、この度のキンバリー帝国からの縁談は、国家と国家の関係性まで考えなければなりません。私が少し迷う素振りを見せたのは、そのためです。下手に帝国に逆らって、戦争なんてことに発展をしたら、国への影響は計り知れません。だから……」
クロエは潤んだ瞳で婚約者をじっと見つめた。
森のような深緑の奥には情熱が内包されていて、彼はどきりと胸が鳴る。
「だから、たとえ愛する殿方と一緒になりたいと切に願っても、当主であるお父様の意向を優先しないと…………」
「クロエ……」
スコットは胸を打たれた。
そうだった、彼女はこんなにも頭の良い子だった。貴族令嬢としての自身の立場を弁えて、家のことを一番に考えて、そのためには自己犠牲も惜しまない。そんな、優しい子だ。
「僕は――」彼は母娘などその場にいないかのように、愛しの婚約者だけを目の中に捉えた。「僕は、聖女の君に相応しい存在になるように、もっと頑張るよ。パリステラ侯爵が娘の婚約者は僕以外にあり得ないと思うほどに……!」
「まぁ! 嬉しいわ、スコット!」
スコットは情熱的にクロエを抱きしめて、彼女もそれを受け入れた。
内心、嫌悪感で胸が気持ち悪かったが、仕方ない。継母と異母妹に差というものを見せ付けるためだ。
一方スコットは、固く決意をする。
婚約者を帝国になんて渡さない。侯爵が懇願するほどに、立派な貴族にならなければ。彼女のために、もっと努力をして、多くの功績を上げるのだ。