ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
ユリウスは顔を上げて、目をしばたく。
そして、頭上から自身を見つめている令嬢をじっと見つめ返した。
乾いた無言の時間がクロエを襲う。そのときになって、やっと気付いた。
(わ、私は……なんて馬鹿な真似を……!)
興奮でほんのりと上気していた顔は、今は真っ青だ。やってしまった……と後悔が押し寄せて来る。
逆行前は、ユリウスのほうから声をかけてきた。
でも、それは初対面ではなくて、二人とも足繁く図書館に通って、互いのことを意識していたという積み重ねがある。たとえ言葉を交わさなくても、書物を通して心が繋がっている感覚があったから。
しかし……今の自分と彼は初対面。
それなのに、どこの馬の骨かも分からない女が、突然馴れ馴れしく話しかけてきたら……それは、恐怖でしかないだろう。
「ごっ……」クロエは上擦った声を出す。「ごめ、ごめんなさい……私、その…………」
たちまちパニックになって、全身が強張って、パクパクと口だけを動かした。
(ど、どうしましょう……! 令嬢として、なんてはしたないことを……)
ユリウスはそんな彼女の様子をしばらくのあいだ見つめていたが、
「落ち着け、クロエ」
ぷっと吹き出したかと思ったら、ケラケラと笑い出した。
ぽかんと口を開けて、間抜けな表情で彼を見るクロエ。訳が分からずに、頭が真っ白になった。
彼はしばらく笑ったあと、
「じゃ、行こうか? スコーン、買ってあるんだ」
おもむろに立ち上がり、クロエの手を取った。