ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜


「ユリウス」

 クロエは彼の震える拳にそっと手を触れる。指先まで冷え切って、氷のようだった。

「ありがとう。私には、あれで充分だったわ。過分なほどに、幸せだった。あなたのお陰で生き延びることができた。ずっとお礼が言いたかったの。本当にありがとう……!」

「クロエ……」

 彼はじっと彼女の顔を見つめる。
 綺麗だ。
 今は逆行前と違って血色が良くて、弾力のある滑らかな肌だった。ぷっくらと膨れた瑞々しい唇に引き寄せられそうになるが、ぐっと堪える。
 まだ、自分たちはただの友人同士。彼女には婚約者がいるし、令嬢としての立場を乱すようなことはできない。

「だから、私は平気。過去のことだし、今はもう……違うから」と、彼女はにこりと微笑んだ。

 すると、ユリウスは険しい顔をクロエに向けた。
 彼女は無理をしている。彼には偽りの笑顔だと、お見通しだったのだ。

「だが……君は復讐をしようとしている。時を遡ったのも、なにか強い意思があったのだろう?」

「っ……!」

 クロエは息を呑む。
 本当に分からないのだ。自分の気持ちは、復讐心なのか、未練なのか。

 ただ、

 ――生まれて来なければ良かった。

 あの鐘塔の上で、そう、強く思っただけだ。
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