ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
ふと、彼は押し黙った。
しばしの沈黙のあと、軽く息を吐きながら額を押さえ、天を仰ぐ。
「いや……悪い。違うんだ……」
ついさっきとは打って変わって、不安定な声音に彼女は戸惑った。
また風の音。
静かな景色とは正反対に、ユリウスの鼓動は早鐘を打っていた。
もう、動き始めた衝動を抑えられない。
どうせいつかは伝えなければいけないことだと、覚悟を決めた。
背筋を正して、目の前の愛する人を見る。
「俺が言いたいのは……俺は、君のことが好きだということだ、クロエ」
「っ……」
クロエは目を見張る。
息が止まった。魔法を発動させていないのに、時間も静止したみたいだ。
彼は彼女の瞳を見る。新緑のようなガラス玉に吸い込まれそうだった。
「クロエ・パリステラ侯爵令嬢。私、ローレンス・ユリウス・キンバリーはあなたを愛しています」
彼女の手に触れて、おもむろに跪く。
「私の妻になっていただけませんか」
またもや、風が二人をくすぐった。空気は冷やされているはずなのに、身体が火照る。
彼女は身じろぎせずに、クロムトルマリンの瞳だけで彼を捉えていた。
(今、ここでユリウスの手を取ったら……)
きっと、楽になるだろう。直ちにスコットと婚約破棄をして、憎々しい家族ともおさらばだ。
全てを放り投げて、帝国で皇子の妻としての新しい生活。それは、なんて魅力的なことだろうか。
(それに……私も、ユリウスのことが…………)
きっと、初めて出会ったときから、そうだったのだと思う。底知れぬ深い闇の中を這うように生きていた自分を、光の中に連れ出してくれた。
自分はもう、恋に落ちているのだ。
(それでも――……)