ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
少しの気まずい時間が流れて、
「じゃあ、婚姻はクロエの復讐が終わったらだな」と、ユリウスは明るい声音で言った。
「えぇっ!?」
クロエはがばりと顔を上げる。見ると、彼はついさっき求婚を断られたとは思えないほどに、清々しい顔をしていた。
「な……なにを言っているの」
「君の意思を尊重せずに先走ってしまった。まずはクロエの『想い』を一緒に叶えようか」
「っつつ……!」
もぞもぞとした妙な感覚が彼女の身体を駆け巡った。浮かれている場合じゃないのに、幸福な気分に包まれる。
嬉しくて、恥ずかしくて。……でも、胸が苦しくて。
「それで――」ユリウスは再びクロエの双眸を見る。「君の復讐が終わったら、改めて正式に求婚をする。そのときは……返事を待ってる」
「そっ……」彼女は顔を背ける。「そんなの、分からないわ」
彼女は嘘をついた。
もう、答えは決まっているのに、なにを言っているのだろう。
ユリウスはポンと彼女の頭を撫でて、
「まだ時間はあるから、じっくり考えてくれ。君の今後の人生のこと。復讐が終わって、自分が本当に何をしたいのか。俺は、できる限りその手伝いをしたい。
……ま、この身分だから君に苦労をかけることもあるかもしれないが、毎日三食とおやつ付きだし、なに不自由させない宮殿での快適な暮らしを保証しよう。希望するのなら、あそこのパティシエを引き抜いて毎日スコーンを焼いてもらおうか」
「毎日スコーンは、さすがに飽きちゃうわ」と、彼女はくすくすと笑う。
「本当に、その通りだ」と、彼は肩をすくめた。