ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
穏やかな空気が戻って来た。胸の高まりもだんだんと収まって来て、ちらちらとそよ風が草木を揺らしている。
「では、侯爵令嬢!」いつものユリウスの軽快な声。「これからどうするんだ? お誂え向きにも、俺は権力と金だけはある。上手く利用してくれ」
「そうね……」クロエは少し思案してから「じゃあ、一つ用意して欲しいものがあるの。頼めるかしら?」
「なんなりと、お嬢様」
彼女は彼に近付いて、そっと耳打ちをする。すると、彼はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「えげつないねぇ」
「二人まとめて始末するわ」
「了解。では、俺は早速準備に取りかかるとするよ。――と、その前に」
出し抜けに、ユリウスはクロエの背中に手を置いた。
そして、呪文を唱えると、
「黒い……煙?」
彼女の背中から、黒いもやのようなものがゆらゆらと出て行って、やがて消えた。
「呪いがかかっていた。おそらく、闇魔法の一種だろう。消滅させたからもう大丈夫だ」
「闇魔法!?」
彼女は目を剥く。闇魔法は人の生命や精神に干渉する危険な魔法で、条約で大陸中の各国で禁止されているものだ。それが、自分に……?
「心当たりは?」
「……あるわ」と、彼女は頷く。きっと継母や異母妹だろう。逆行前からおぞましい人間たちだとは思っていたが、まさか禁忌とされる魔法まで手を出すなんて。
「これについても調査しておこう。君も警戒を怠らないように」
「分かったわ。教えてくれて、ありがとう」
「俺が影を通して、いつも君を見ていることも忘れないように」
「な……なにを言っているのよっ!! しっ、失礼するわ! ご機嫌よう!」
クロエは急いで踵を返す。恥ずかしさで真っ赤になった顔を、彼に見られたくなかったのだ。
「見ているからな! 毎日だ!」
ユリウスの空回りの声だけが、丘の上に響いていた。