ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「クロエ様、こちらにいらっしゃいましたか!」
そのとき、ユリウスの張りのある声が控室に響き渡った。
三人とも自然と声の主に注目する。クロエは無表情で、スコットはあからさまに顔をしかめ、コートニーはぎらりと瞳を輝かせていた。
「恐れ多くも、私ジョン・スミス、クロエ様に激励の挨拶に馳せ参じました!」と、ユリウスは元気に言う。
「ありがとうございます、スミス男爵令息様。ご期待に応えられるように全力で頑張りますわ」と、クロエは微笑んだ。
「きゃぁ~っ! やっぱり、お二人はそういう関係なんですかぁ~!?」とコートニー。
ユリウスは素知らぬ顔で、
「クロエ様は私の尊敬する師ですので。弟子として、偉大なる聖女様の応援は当然のことです!」
「えぇ~?」
「コートニー嬢、二人には疚しいことなんてないもないよ。だってクロエには僕という正式な婚約者がいるからね」
スコットは公爵家の総力を上げて、この怪しい男爵令息について徹底的に調べ上げていた。
報告によると、彼は本当に田舎の貧しい男爵家の嫡男のようだ。侯爵家の令嬢を妻にできるような資産もないし、身分は言わずもがな。公爵家の自分の敵でないのだ。
男爵令息は領地の治療院の発展のために王都で勉強をしていて、そこでクロエと出会い、一方的に熱を上げているようだった。
彼女のほうは、異性としてこれっぽっちも相手にしていないようで、二人は完全にただの友人同士としての距離感を保っていた。
男爵令息は憧れの聖女様ともっと近付きたいようだが、クロエ淑女として節度ある対応を取っていたのだ。
スコットはようやく溜飲が下がった。あの礼儀もなっていない田舎貴族に完全勝利だ。
いや、始めから勝負にもなっていなかったのかもしれない。
クロエは、今でも婚約者である自分のことだけを想っている。二人の絆は決して壊れない。
それが分かっただけで、彼は満足だった。