ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
――――、
「あら、もともと攻撃は外す予定だったのね。優しいのね」
静寂な空間で、クロエは一人ぽつりと呟いた。
目の前には人を丸呑みしそうな炎のドラゴン。その赤い揺らめきも完全に静止していて、地獄のような熱も消え去っていた。
彼はドラゴンを自分に直接ぶつけるつもりはないらしく、ぎりぎりのところで空へ上昇させる予定だったようだ。
おそらく、戦闘経験のない聖女を怯えさせて「参りました」と言わせるためだろうか。
あるいは動けないうちに気を失わせようとでも思ったのか。
強引にラインの外に押し出す?
……いずれにせよ、甘い考えに彼女は微苦笑した。
「――さてと、元の場所に帰ってもらいましょう」
クロエは彼より強い魔力を放出して、ドラゴンを持ち主のもとへと送る。魔法に失敗をして暴発した風に見せかけるのだ。
これなら、聖女の攻撃的な姿を見せることもないし、仮に自分が怪我をして彼が糾弾されるような事態にもならないだろう。
「卑怯者~!」
背後から野次が飛ぶ。……ユリウスだ。彼はニヤニヤと笑いながらクロエの様子を眺めていた。
彼女はきっと睨み付けて、
「別に卑怯じゃないわ。ただルールに則って、自分の魔法を使っているだけよ」
「観客としては君だけが強すぎて詰まらないなぁ」
「今日はそういう試合をしに来たんじゃないの」
そう、今日は観客たちに楽しみを与える目的ではない。己の力の誇示でもない。
コートニーを叩き潰すだけなのだ。そこに娯楽要素なんて必要ない。