ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
突如として、クロエの両足首をなにかが掴んだ。水だ。透明な液体の手が彼女を縛るように強く握って、地面の中へ引きずり下ろす。
――ポシャン、と大きな音を立てて、クロエは水の中に落ちた。
さっきまで固い土の上に立っていたのに、今は水中をただ落下している。ほとんど遊泳経験のない彼女は、焦りの色を隠せなかった。
足元は真っ暗闇。吸い込まれそうなその暗黒にぶるりと身体が震えた。
恐ろしくなって、慌てて顔を上げる。すると、そこには光があって、水面の明るさは希望そのものだった。
(上へ行けば……!)
両手足で水を掻いて、地上を目指す。はじめは苦戦したが、だんだん慣れてきた。
ゆっくりと上昇して行く。
光まで、あと少し…………。
「!?」
次の瞬間、またもや足首を捕まえれた。
驚きのあまりちょっと口を開けてしまう。途端に隙間から水が入って来て、ごぼごぼと咳き込んだ。
喉を押さえる。身体は再び闇の底に沈んで行った。
(あれは……闇魔法!?)
銅像にように動かない足を見る。そこには、黒い煙のようなものが複雑に絡まっていた。あれは、前にユリウスが自分の身体から出してくれた黒いもやと同じ魔法だ。
それは深淵から這い出るようにどんどん増加して、クロエのつま先から全身を包んでいった。
逃れようと必死にもがく。しかし、じたばたと動く度にますます絡み付いて、黒い糸が彼女を緊縛した。
(い、息が…………!)
思わぬ攻撃に、クロエの頭の中は真っ白になって、動けなかった。
ふと、時間を止めなければと思い浮かぶ。
しかし、身体は自然と慌てふためいて、上手く魔法に集中できなかった。