ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
――――、
「馬鹿なっ!?」
レイン伯爵令息は目を剥く。水の中へと引きずり込んで、闇魔法でとどめを刺そうとしたのに、聖女はいつの間にか地上へ這い上がっていたのだ。
(そんな……私の魔法は完璧だったはず……一体、なぜ?)
じろじろと穴が開くくらいに眼前の聖女を見る。水中にいたはずなのに、衣装が濡れていないのに驚いた。
それに、闇魔法を退けたというのだろうか。……聖なる力というものはこ、れほどの威力なのか。
客席からもわっと歓声が上がる。
試合場内に忽然と小さな池が現れたと思ったら、聖女が消えて、伯爵令息がなにやら水に向かって魔法をかけている。
聖女がピンチだと息を止めて見守っていたら、彼女は再び地上へと舞い戻っていた。しかも傷一つないどころか全く水を浴びた様子がない。
やはり、聖女――いや、女神なのだと彼らは思った。
「レイン伯爵令息様……」クロエは冷淡な視線を彼に向ける。「あのような手を使うとは残念です」
「なっ……なんの、ことかな?」
彼は平静を装って返すものの、闇魔法の発動が聖女に見つかってしまったと、心の中で酷く狼狽していた。
禁忌とされる魔法が露見されたら、処刑は間違いない。更に一族郎党皆殺しの可能性だってあり得る。
(っ……このままでは……! どうする? 殺すか? いや、殺害はルール違反であるし、なにより私のイメージが……家門にも傷が付く…………)
全身粟立ち、悪寒が走った。
頭の中はごちゃごちゃと思考が散らばっていた。聖女を口封じするか、だが、どうする、例え殺しても、いや、闇魔法で操れば、どうだろうか、万が一の可能性に、いや、しかし……。