ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜


「……!?」

 観客たちのどよめく声ではっと我に返る。

 気が付くと、さっき己が放った水魔法を、聖女が球体のように固めて高々と頭上に掲げていた。それは馬車よりも大きく、背後の太陽を隠していた。
 漏れた光で球体の周囲が煌めいて、まるで光輪のようだった。まさしく、神が聖女を祝福している。

「反省しなさい」

 クロエは、おもむろにその水の球体をレインへと投げた。まるで転がすように、優雅に。

「っつつつっっ……!!」

 次の瞬間、見上げるほどの大波が彼を襲った。
 地鳴りのような轟音が響く。圧迫。またたく間に呑み込まれ、おびただしい量の水に翻弄される。まるでダンスを踊っているかのように、激しい波に一方的なエスコートをされた。

 一瞬の嵐が去って、海は凪ぐ。
 魔法の大波は消え去って、場外でレイン伯爵令息が白目を剥いて倒れていた。


「勝者、クロエ・パリステラ!」

 審判の声に、会場内の熱気は最高潮に盛り上がった。割れんばかりの拍手。聖女への称賛の声が飛び交っている。彼女は手を振って彼らに応えた。

 幾多の視線がぐるりと自分を囲んでいる。それは、空を飛んでいるみたいな高揚感で、彼女の心は満たされた。
 注目されるって、気持ちいい。見られるって、最高だ。

 そのとき、にわかにズキリと胸が痛んだ。

(……?)

 突然のことに首を傾げる。なんだか息も苦しくなってきた気がする。
 もしかしたら、さっきの闇魔法の影響だろうか。でも、それはユリウスが排除してくれたはずだ。きっと疲れが出たのだろう。

(決勝まで少し休まなきゃ)

 クロエは大きな歓声の中、静かに会場を去った。
 そのとき、コートニーとすれ違う。彼女は既に勝ち誇った様子で、異母姉を一瞥してから無言で通り過ぎた。
 どことなく違和感を覚えたが、今は次の試合のための回復に専念することにした。



 そして、ついに決勝戦。
 クロエ・パリステラとコートニー・パリステラの戦いの幕が上がる。

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