ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「ご機嫌よう、レイン伯爵令息様」
クロエは次の準備に取り掛かろうと、ユリウスを同行して伯爵家にやって来ていた。魔法大会で密かに闇魔法を使用した令息の屋敷である。
嫌な予感をひしひしと感じて、美しい顔を強張らせている彼を嘲笑うかのように、彼女はにっこりと微笑んで要件を伝えた。
「あなたの素晴らしいコレクションを見せていただけないかしら?」
◆
馬車は、王都を離れていく。
見慣れた景色も、今後は二度とお目にかかることはないだろう。
スコット・ジェンナー元公爵令息は、今回の全ての責任を取って貴族籍を剥奪、そして国外追放となった。
クロエ・パリステラ侯爵令嬢とはジェンナー家の有責で婚約破棄だ。
今は己と同じ身分の、平民たちの笑い声が聞こえる。
近い将来、公爵位を受け継いで、国の中枢から彼らを守る政策をふるおうと考えていた。妻のクロエとともに、国の繁栄へと貢献していこうと胸を踊らせていた。
しかし、自分はもう、この国の国民ですらない。
「っ……!」
そのとき、ぼんやりと外を眺めていた彼の瞳に、思わぬ人物の姿が飛び込んできた。
それは、クロエ・パリステラ――かつての自身の婚約者だった。
「クロエっ!」
思わず、馬車から身を乗り出す。すぐに兵士に制止されて、馬車の中へと引きずり込まれた。
たしかに、クロエがそこにいた。
彼女は、怒りを滲ませているわけでもなく、かと言って悲嘆に暮れているわけでもなく、ただ無表情で、表層になんの感情も持たずに馬車を見つめていた。
枯れたはずの涙が、またもや頬を伝った。
自分は、どこで選択を間違えたのだろうか。
後悔の波は幾度も彼を襲って、胸がえぐられるようだった。
しかし、いくら懺悔しても、彼女の心はもう自分には戻らない。
ただ一つ、言えることは、
「クロエ……どうか、今度こそは幸せになってくれ…………」
馬車はまもなく王都を離れるところだった。