ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「あとは……最後の仕上げだけですわ」
「聖女様の闇魔法はなんと美しい!」
母娘が気が付くと、眼前にレイン伯爵令息と……憎き憎きクロエ・パリステラが立っていた。
二人の様子を見ながら令息は瞳を輝かして、長女は薄ら笑いを浮かべている。
『ちょっとクロエっ! これはどういうことっ!?』
『早くここから下ろしなさいよっ、バカ女っ!』
矢庭にクリスとコートニーはクロエへの罵倒を始める。
しかし、彼女はなにも聞こえていないかのように、完全に無視をしていた。
『はあぁぁぁっ!? 無視するんじゃないわよ! このクソ女っ!』
『あんた……あとでどうなるか覚えていなさいよっ!! 絶対殺すっ!』
すると、屋敷のほうからそろそろと使用人たちがやって来た。
彼らはバケツと刷毛を持って、クリスとコートニーの前に立つ。
「全身まんべんなく塗ってちょうだい」
ぬたり、ぬたりと刷毛が二人の肌の上を這った。
『ひぅぅぅぅっ……!』
『やめて! 気持ち悪い……っ!』
ひんやりと、ぬめぬめした蜜が皮膚に付着する。
あまりの居心地の悪さに、ぞわぞわと鳥肌が立った。大きな舌で舐められているように、気持ちが悪い。
その儀式は、手際のいい使用人たちのお陰で、あっという間に完成だ。
二人は、全身から蜜を滴らせながら、発光するようにぎらぎらと夜空を反射していた。
「……あとは、一晩ほど月明かりを浴びたら完成です」とクロエ。
「素晴らしい! 闇魔法なのに、このような優美な術は初めてですよ」と、伯爵令息は手を叩いて喜んだ。
『なんなの、これは! 下ろしなさい! あたくしは侯爵夫人なのよっ!?』
『お母様ぁ~! ベタベタして気持ち悪いぃ~!!』
母娘は揃って抗議の声を上げるが……その切実な声は、こにいる誰の耳にも届かなかった。
あるのは、月夜の静寂だけ。