ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「クロエ……」
ユリウスは二の句が継げない。ただ、狼狽しながらクロエを見つめるだけだった。気が動転して、なんて声をかければ良いか分からない。
逆行前の彼女の人生は、調査をした限りでも酷く凄惨なものだった。悪魔のような継母と異母妹に心も身体もぼろぼろにされて、彼女は人生を諦めようとしていた。
そのとき、最悪の予感が彼の頭を過る。にわかに冷や汗が額に流れた。
……既に、彼女の心は壊れているのか?
盲点だった。
自分は、逆行前にできなかったことを今度こそ行って、絶対に彼女を救いたいと考えていた。
だが、それは……時間を巻き戻る前にやらなければいけなかったのだ。
「もう……」再びクロエが声を上げる。「もう、私のことは放っておいて!」
「そんなっ……! 俺にはそんなことできない」
――だって、君のことを愛しているから。
だが、ユリウスの想いは、届かない。
「放っておいて!!」
彼女は、逃げるように走り出す。涙はとめどなく流れて、雨のように自身の肩に降り注いだ。
これでいい。
このまま、ユリウスとはお別れするのだ。
自分の手は、あまりに汚れすぎた。
婚約者を欺いて、地獄に突き落として。そして、継母と異母妹と同じように、人権を奪って。
それに、まだ父親が残っている。
あの男のことも、許すつもりはない。それ相応の報いを受けてもらうつもりだ。
このまま行けば、いずれ家門自体が取り潰されるだろう。
そんな汚い自分と、帝国の皇子様なんて似合わない。相応しくない。……彼にまで、迷惑はかけられない。
本当は、大好きなのに。
求婚されて、とっても嬉しかったのに。
でも、自分と婚姻すると、彼の輝かしい未来も潰される。
継母と異母妹がパリステラ家に来た時点で、もう、運命は決まっていたのだ。
彼女たちと同じように悪魔の手に堕ちた今の自分が、幸せになるなんて許されない。
私たちの未来は……決して交わらない。
だって、私は、
この世界に、
生まれて来なくなる予定なのだから。