ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜


 クロエは、高位貴族の集まる貴賓席で、すっと姿勢を正して、静かに父を見守っている。
 気丈だけど今にも崩れ落ちそう儚げな姿は、清らかな聖女が深く心を痛めているように見えて、周囲の人々は彼女への同情心がじわじわと込み上げてきた。

 家門の醜聞のせいで、彼女を取り巻く環境ががらりと変わっても、粛々と聖女の務めをこなす様子は誰しもが見ていたのだ。

 国王の処分が保留になっているのも、聖女の懸命な仕事ぶりが理由の一つでもあった。
 王は、立派だった前妻とこんなに素晴らしい娘がいるのに、なぜ当主は判断を間違えしまったのだ……と、酷く失望していた。

 ユリウスは下級貴族の席に座っていた。今この瞬間も、彼の双眸はクロエを追っていた。
 おそらく、彼女が父親へ復讐をするには、この儀式が最適だろう。「魔法」という侯爵の価値観の全てが詰まったここで、彼の全てを奪うには、最高の舞台だ。

 ――しかし、その後は?

 異母妹、継母に続いて、家門の長である父親まで問題を起こしたとなると、パリステラ家は良くて爵位降格……最悪はお家取り潰しになるかもしれない。

 クロエが処刑されることはないと思うが、国家への賠償金を支払うはめになるかもしれない。
 そうなると、彼女の人生は大きく変化する。……とても悪い方向に。

(賠償金は俺の私費から払うとして……大公である叔父上に養子に……いや、侯爵令嬢のままでも大丈夫か……?)

 彼は彼女を眺めながら、今後のことをぼんやりと考える。
 家門には問題があるが、彼女自身の魔導士としての素質は確かだ。実力主義の帝国では、受け入れられるだろう。
 それに、彼女は希少なアストラ家の末裔。国としても喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 問題は、彼女自身の気持ち……。
 全てが終わったら、幻みたいにこの世界から消えてしまいそうで。

 得体の知れない恐怖が、彼をじわじわと追い込んでいた。
 彼女の心を救う方法が分からなくて、見守ることしかできない自分が、悔しい。

< 412 / 447 >

この作品をシェア

pagetop