ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜


(不味い……このままではっ……!)

 ユリウスは息を止めて祭壇をじっと見据えていた。

 これは非常に由々し事態だ。今の魔力の不安定な状態が続くと、確実に結界は破れて、この国は魔物が跋扈する危険な状態に陥る。
 そうなると、ただでさえ危うい近隣諸国のバランスが崩れて、厄介なことになるかもしれない。

(父上との取り決めがあるが……今回ばかりは仕方ない!)

 ユリウスは逃げ惑う人混みを掻き分けて、急いで祭壇へと向かった。
 中央にはパリステラ侯爵がいて、その周囲を幾重もの魔力の壁が固めている。彼は一度それに触れてみたが、それは炎のような熱さで、勢いよく弾かれた。

「ユリウス!」

 そのとき、クロエが駆け寄って来た。眉を吊り上げて、彼を非難するように睨み付けている。
 彼は敢えてそれを無視して、

「ちょうど良かった。君も手伝え。この責任を取るんだ」

 有無を言わさず彼女の手を取った。そして、体内の魔力を無理矢理引き出す。

「ちょっ――」

 彼女は抗議しようとするが、彼の数段上の魔力の流れに引っ張られて、抵抗することができない。

(ユリウスって、こんなに魔力が強かったの……?)

 並の魔導士より卓抜している彼女の魔力さえも支配下に置く彼の器量に、彼女は目を見張った。咄嗟にこれは逆らっても無駄だと判断して、仕方なく彼に身を委ねる。

 ユリウスはクロエの魔力と自身の魔力を融合させて、パリステラ侯爵を覆う魔力の層へと思い切りぶつける。割れた。すかさず彼は強く一歩踏み出して、祭壇の魔法陣へと手を伸ばした。
 そして、自身の内なる魔力を最大放出する。

「天にまします時の女神よ……!」

 彼の魔力は爆発的に魔法陣を侵食していく。

 刹那、
 けたたましい音が鳴り、カッと周囲に閃光がほとばしった。


 それは、「侯爵が破壊した国家の結界を帝国の皇子が張り直した」という、歴史を揺るがす前代未聞の大事件だった。

< 416 / 447 >

この作品をシェア

pagetop