ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
それからの二人は、平穏な日々を送っていた。
領地の諸々の手続きや引き継ぎは少しばかり骨が折れたが、雇っていた使用人たちも無事に他の職場を見つけることができて、残すは帝国へ向かうだけとなった。
クロエは、最後にパリステラ家の本邸の中を歩く。
正直言うと、悪い思い出ばかりだった。暗い景色は、己の胸の奥をじくじくと刺して来る。
でも、もう薄れかけた過去の記憶の中に、大好きな母と過ごした思い出も微かに残っていた。
それだけが、彼女の宝物だった。
「……帝国には、嵐が過ぎ去ってから行こう」
「……分かったわ」
クロエの返事に、ユリウスはほっと胸を撫で下ろす。
あの嵐の日は、忘れようがなかった。
馬車の中でクロエを見つけて、思わず彼女を追って、鐘塔に着いて――……。
そのときだった。
出し抜けに、ガシャリ――と、窓ガラスが割れる音が聞こえた。
慌てて現場であるバルコニーまで向かうと、窓の向こう側には信じられない光景が広がっていた。
「聖女――いや、偽聖女を出せーっ!!」
「あの女は魔女よ! この人殺し!」
「今までよくもオレたちを騙してくれたな!」
パリステラ家の前には、武器を持った大勢の平民たちが、集結していたのだ。
彼は一様に眉を吊り上げて、聖女――クロエをきつく睨め付けていた。