ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「あなたたち、貴族の屋敷に討ち入りに来るなんて、この意味が分かっているのでしょうね?」と、クロエは無表情で淡々と言う。
物怖じしない気品ある公女の姿に、平民たちは少しだけ怖気付いた。
滅多にお目にかかれない高位貴族――しかも、これから皇族になる令嬢の堂々たる佇まいは、思わず見惚れ且つ畏怖の念を抱くようなものがあった。
それでも、この偽聖女からやられた仕打ちを考えると憤りの感情のほうが遥かに上まり、それは莫大な推進力となって、彼らを鼓舞したのだった。
「はっ!」
少しの沈黙のあと、一人の勇気ある男が口火を切る。
「貴族の家だって? パリステラ家はもうなくなっただろう!?」
「家門はなくなっても、私はウェスト公爵令嬢。そして、こちらはローレンス・ユリウス・キンバリー皇子殿下よ」
またもや少しの沈黙。さすがの勇敢な者も、帝国の皇子の登場には足がすくんでしまう。
「どっ……」今度は隣の男が言う。「どうせお前が誑かしたんだろうっ!? この魔女がっ!!」
「おい――」
婚約者への暴言にユリウスが気色ばむ。しかし、クロエがすっと手を伸ばして無言で彼を制止した。
「魔女とは……どういうことなのかしら?」と、聖女が静かに訊く。
「はっ! 誤魔化しても無駄だぞっ!!」
男が目配せをすると、一人の少年が前に出てきた。
彼は、腹部にぐるぐると包帯を巻いて、そこには鮮やかな赤い血が滲み出ていた。
「彼は――」
「忘れたとは言わせないぞ! この子はお前が以前に治療した少年だ!」
「あぁ……」
クロエは頷く。そう言えば、そんな少年がいた。たしか強盗に襲われて、刃物で深い怪我を負った……。
「クロエ……君は……」
ユリウスが血相を変えながら彼女を見る。嫌な予感が頭をかすめた。
まさか、彼女の魔法は――……。