ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「お前はこの子になにをやったんだ!? 治ったはずの怪我が元に戻って、おまけに前より悪化しているじゃないかっ!!」
男の怒気を孕んだがなり声が辺りに響いた。こだまを聞くように、周囲はしんと静まり返る。
平民たちの沈黙が、鋭い剣先のように暗に聖女を批判した。
「…………」
クロエは唇を噛む。指先から急激に全身が冷たくなった。
彼女は分かっていたのだ。
自分の魔法が、完全ではないことを。
(私は……お母様やユリウスのような強い魔力は持っていない…………)
たしかに、クロエは強かった。彼女はコートニーや、並みの魔導士たちを圧倒していた。
しかし、上には上がいる。
彼女は魔法が上達すればするほど、己の魔力の限界を思い知るのだった。
過去に母親は怪我をしたクロエを治してくれた。それは、傷なんてものは最初からなかったみたいに、完全に回復していた。
でも、クロエは――自身の魔力では、完全に時を戻し切ることができなかったのだ。
時間は、前へ進む。
それは決して変えることのできない世界の法則だ。
彼女が時を戻して治した怪我は、再び秒針を進めて、遅かれ早かれ元の状態に戻るのだ。
怪我や病を患った状態に……。