ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜


「落ち着け!」事態を収拾しようとユリウスが叫ぶ。「彼女が、聖女として人々のために誠心誠意働いていたのは事実だ。お前たちも、近くでその姿を見ていたはずだ。彼女ほど民に近い高位貴族はいない。そして……彼女も人間だ、失敗もあるだろう。魔法というものは完璧ではないのだ!」

 我ながら苦しい言い訳だと、彼は心の中で舌打ちをした。案の定、剣呑な空気は停滞したままだ。
 おそらく、クロエの魔力では完全に時を巻き戻して怪我や病を完治させる術がなかったのだろう。

 あるいは――……彼は頭を降って、そのことは考えないようにした。

 皇子の言葉に平民たちは黙り込む。
 たしかに彼の言う通りだった。クロエ・パリステラ侯爵令嬢は、高位貴族でありながら身分なんて鼻にかけず、直に平民と触れて、傷を癒やしていった。そのことは誰しもが認める事実だ。

 ……しかし、それはまやかしだったのだ。

 元気になったと思った家族や友人が、再び苦しむ姿を目にしたら、自然と聖女への憎悪が膨れ上がっていった。
 それは一人や二人ではない。街の多くの住人が聖女の犠牲者だと知ると、彼らはやっと目が覚めたのだ。

 彼女は、聖女ではなく――聖女の仮面を被った悪の魔女なのだと。


 しばらくの無音のあと、クロエは大仰にため息をついた。
 そして、

「いつまでも他力本願なのね。あなたたちは」

 これまで見たこともないような冷徹な彼女の視線が、集った人々に向けられた。
 平民たちは、思わず顔を見合わせる。これが、聖女の本性なのだろうか。やはり、彼女は魔女なのか。

「おいっ、クロエ!」

 慌ててユリウスが咎めるが、彼女は聞く耳を持たない。

「たしかに、平民の暮らしは大変でしょうね。不憫に思う貴族もいることでしょう。あるいは、もっと搾取をしようとする貴族も。それで、誰かに助けてもらうのが当たり前? 平民だから庇護されて当然? ――そうやって、いつまでも天から落ちてくる露を待っていなさい」

 八つ当たりもいいところだと、クロエは自嘲した。全ての原因は、不完全な己の魔法にあったのに。

 しかし、事実もある。
 人は、自らが動かなければ変わらない。待っているだけでは、狡賢い他者から奪われるだけだ。逆行前の自分のように。

 彼女は、変えるために動いた。だから、新たな未来を掴むことができたのだ。
 ……それは、破滅しかない一本道だが。
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