ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「っこの……!」
一人の男がクロエに掴みかかろうと動いたとき、
彼女は、時を止めた。
――――、
「クロエ」ユリウス険しい顔をして彼女を見る。「君は……知っていてやったのか?」
「さぁ……どうかしらね」と、彼女は空惚けるだけだった。
「これは大問題だぞ。下手をすれば、君は本当に魔女の烙印を押される。パリステラ家のこれまでの数々の不正を鑑みると、君にとって非常に不利な状況だ。……俺でも、庇いきれるか分からない」
「……だったら、婚約破棄ね」
「なにを――」
「もう、終わりにしましょう。楽しい婚約ごっこはおしまい。この件が明るみに出たら、帝国側としても私との婚約は解消するしかないでしょう。……あなたには、もっと相応しい令嬢がいるはず」
「……本気で言っているのか?」
にわかに、ユリウスの顔が鋭くなった。
これで疑惑は確信に変わった。彼女は、魔法が不完全なのを分かっていて、敢えて放っておいたのだ。
それは……パリステラ家と共に沈むために…………。
「私は本気よ、ユリウス」クロエは睨み付けるように彼を見る。「私の手は汚れすぎている。皇子であるあなたには相応しくない」
「そんなことは――」
次の瞬間、クロエはもう一度魔法をかけた。
「っ……!」
それは、継母と異母妹にかけた時の魔法。
ユリウスの身体は、銅像のように固まって身動きできなくなったのだ。
クロエはふっと微笑んで、
「やっぱり、まだ魔力は完全に戻っていなかったのね。さすがに一国の結界を張るくらいの魔力量を消耗したら、元に戻るのにかなりの時間が必要よね」
彼女はこの時をずっと待っていた。
逆行前と同じ――嵐が来るタイミングを。
ユリウスのことだから、今回はなんとしてでも阻止をしに来ることだろう。
しかし、お誂え向きにも彼は先の結界で魔力を大幅に消耗してしまった。今なら、彼の魔力を跳ね除けることができるはず。
そして、もう一度向かうのだ。
丘の上の鐘塔に。
「クロエ……!」
「さようなら、ユリウス……」
クロエは一人、歩き出す。
屋敷には多くの平民たちと、ユリウスだけが取り残された。
雨なのか涙なのか分からない粒が、彼女の足元に染みを付けた。